三國連太郎さんに「役者か?」って聞かれ「はい」って答えちゃって…

――もともとの目的だった「首都高バトル」を作った方には会えたんですか?

加藤 オーディションで「首都高バトルを作った人に会いたいんです」と言ったらオーディション担当の方に「すいません、僕は担当じゃないんです」と言われて、結局会えませんでした(笑)。

――ゲームがきっかけで芸能界に入った加藤さんですが、現在のお仕事である俳優業もゲームがきっかけだったそうですね。

加藤 元気から出た「玉繭物語」というゲームの記者発表に参加させていただくことがあったんです。そのゲームのナレーションを三國連太郎さんがされていて、楽屋にご挨拶へ行った時に「なんだお前? 役者か?」って言われて。もうあまりのオーラに圧倒されちゃって「はい」って答えちゃったんです。

 まだ小5の田舎の子なので「偉い人に嘘をついちゃいけない。やばい」と思って。事務所に「偉い人に『役者か?』って聞かれて『はい』って嘘ついちゃいました。どうしよう」と伝えたんです。もともと事務所は音楽系の事務所で、私にも音楽をやらせたかったんですが、「歌よりじゃあお芝居の方に行ってみたら」っていうのでオーディションを受けて、翌年「燃えろ!!ロボコン」のオーディションに合格しました。

小学生で「燃えろ!!ロボコン」ロビーナ役に

――ロビーナ役ですね。当時、美少女ぶりで話題になりましたが、今と外見はほぼ変わっていないですよね。

加藤 身長は164センチくらいありました。違和感しかないですよね。「えっ、あなたランドセル背負っているんですか」って(笑)。小学生だったので年齢相応の役のオーディションも受けるんですけど、大人っぽすぎて全然通らないんですよ。ただその頃にホラーブームとSFブームがやってきて、お化け役とかアンドロイド役といった非現実的な、いわゆる普通の人間ではない役は受かるようになりましたね。

 でもコマーシャルは自然体の女の子を探しているので、私の存在は不自然でしかないから難しかったですね。未成年なのに、ビールのキャンペーンガールのオファーをいただいたこともあって「えっ、未成年なんですけど、ソフトドリンクじゃないんですか?」となりました(笑)。

――大人びているといえば、加藤さんはパソコン通信をやるのも相当早かったそうですね。

加藤 当時としても早かったと思います、父はコンピューターが好きなので、新しいものを買ってきては、付属のゲームを延々とやっていました。高校生の頃は「Yahoo! オセロ」を一番やっていました。ゲームをする人が集まるロビーがわーっとあって、私はロビー6(交流)にいました。ロビー1は参加する人数も多いので、チャットを書いても全部流れちゃうんですよ。でもロビー6は割と平和で、いつも同じ人たちがいるという感じでした。

 オセロはやらずチャットで世間話をしていましたね。みんな自分の身分を明かしてないので、年齢もわからないんですけど「今、このテレビやってるよ」とか「このアニメ面白いよ」と本当にたわいのないことを話してました。

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