芝居の最中でも、ジーンズや昨日食べたもののことを考えて……
――白井さんの演出によって、何かを引き出されたような感覚はありますか?
あります。白井さんは僕の本質的なところを見抜いておられるんじゃないかな? そうでなければ『シッダールタ』のような作品を僕に振らないと思うんですよね。
僕は前回の『アルトゥロ・ウイの興隆』で、ウイという独裁者を演じました。ウイは、周囲を巻き込み、民衆の熱狂を得ながらのし上がって、富と名声を手に入れる。けれども、多くの人を殺めた後ろめたい気持ちもどこかにあり、亡霊を見てうなされるんです。白井さんは、ウイとシッダールタは、ポジとネガのようなものじゃないかとおっしゃってました。生き方はまるで違うけど、最終的に大切なものは何かという問いに行き着きます。
――草彅さん演じたウイの、狂気めいた圧倒的な存在感は今でも目に焼き付いています。支配するウイと、受け身ながら自分を変えていくシッダールタは確かに、人間の裏と表なのかもしれないですね。現時点でシッダールタとご自身で似ている点などありますか?
『シッダールタ』は、どれだけ自我を捨てて無になれるかというのがテーマになっていますよね。もしかしたら、何も考えないところは似ているかもしれないです。僕はジーンズやブーツ、ギターのことを考えている以外は、割合、空を見ながらぼーっとしているので(笑)。この間までドラマを撮っていたんですが、脳をかなり使っていたみたいで、撮影以外の時間はぼーっとしてました。散歩しながら無になっている時間が気持ちよかった。
芝居の最中でも、ジーンズや昨日食べたもののことを考えることがあります。不謹慎だと思われるかもしれないけど、でも、人って悲しい悲しいと思いながら泣く人はいないし、怒っている時もそれだけの感情でいっぱいになるわけではなくて、関係ないことがふとよぎるのが自然だと思うんですよね。
不安を抱えているのはみんな一緒
――今回、シッダールタを慕う生涯の友ゴーヴィンダは杉野遥亮さんが演じます。2年前にドラマ『罠の戦争』で共演されて、待望の舞台共演だったのだとか。
そうなんです。杉野くんとしっかりお芝居をご一緒したのが『罠の戦争』でした。ドラマの終盤に、杉野くん演じる(蝦沢)眞人の、僕演じる鷲津への裏切りが発覚して二人が対峙する場面があったんです。その時に、役を通して杉野くん自身の持っているピュアな心に触れた気がして、グッときた。それによって鷲津にも深みを持たせることができたので感謝してました。それで『今度、舞台で共演できたらいいね』と話していたんです。杉野くんがゴーヴィンダという、シッダールタにとって大切な人物を演じてくれることによって、僕の中にも新しいグルーヴができて、いいものになるのではないかなと思います。
――杉野さんは、今回が舞台2本目なのだそうです。
そうらしいですね。でも、本数なんて関係ないですから。何本もやっていても毎回悩みます。ついこの間までドラマ『終幕のロンド』の撮影で、若い方々とご一緒しましたけど、僕の方が学ぶこともたくさんありましたし、キャリアとか関係ないと思っています。
ただ、舞台って、毎公演同じセリフを言うのだけど、同じ瞬間は2度とないんですよね。昨日できたことが今日できるとも限らない。本当に一期一会。そこが面白いところでもあるし、不安を抱えているのはみんな一緒です。僕らは、そういう仕事を選んでいるんですよね。でも、悩むことは大事だと思います。そこから学べることはたくさんあるから。
――主演として、何か心がけておられることはありますか?
みんなを引っ張っていこうとかそういう気負いみたいなものは僕はないです。ただ楽しんでやっているだけで。白井さんが演出してくださるので、自ずとほかの俳優の方々もノッてくると思います。その中で各々の役が高め合って、どれだけ遊べるか。
「舞台で遊べ」というのは、つかこうへいさんがよくおっしゃっていた言葉なんです。「役の中でどれだけ遊べるかだ。ステージに立ったら、思う存分遊んでこい」と言われました。20代の時につかさん作・演出の『蒲田行進曲』でヤスという役をやらせてもらったのですが、その時にお芝居に対する気持ちが開花したというか、自分の中で何かが爆発するような感覚がありました。舞台では、あの時の気持ちを僕は持ち続けている気がします。
――草彅さんのお芝居は映像作品でも引き込まれますが、生の舞台では劇場を支配するような圧倒的な力をお持ちというか、何よりイキイキとされているように見えます。
公演中はどうしても自分と向き合う時間になるんですよね。毎回同じ時間に舞台に立つけれども、同じ芝居は一つもない。一公演終わってから翌日のステージまでにどう過ごしたかで、また違ってきたりします。長丁場で体にも気を使いますし、『シッダールタ』ではないですが、舞台をやること自体がマインドフルネスになる、心が洗われる感じがします。
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- 文=黒瀬朋子
写真=平松市聖
ヘアメイク=荒川英亮
スタイリスト=細見佳代(ZEN creative) - INTERVIEWEE
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草彅剛
