見過ごされがちな中絶後の心とからだのケア
――手術後の様子を教えてください。
イ 直後は、からだも心もひどく疲弊していました。私はすぐに短編映画の撮影に戻らなければならず、手術すれば翌日からすぐに動けるだろうと思っていたんです。でも、実際は手術後の痛みが半端ではなくて、本当に大変でした。無理をして現場に復帰しましたが、痛みは止まらない。中絶は出産と同様に、からだをしっかり休ませて癒さなければならないのだと痛感しました。でも、堕胎罪が廃止になった今も「中絶手術をしたので休みます」と言える人がどれだけいるでしょうか。
――当時のパートナーとはどのような話をしましたか?
イ 当時は、話をする余裕も時間もありませんでした。ふたりとも貧乏な大学生でお金もなかったので、どこで手術を受けて、費用をどうするか、ということばかり話していました。妊娠そのものや、産むかどうかについて、じっくり話し合う時間はまったくなかったんです。術後、私は長いこと鬱症状に襲われていました。数カ月が経ったある日、「いつまで憂鬱感に浸っているんだ」と文句を言ってくる彼とすごいケンカをして、しばらくして結局別れました。中絶を選択したことに後悔はありませんが、もっと考える時間や心の余裕、情報があればよかったとは思います。
――ご自身が中絶を経験されて、どのようなサポートがあればよかったと感じますか?
イ やはり何よりも情報です。例えば、どういう症状のときに妊娠を疑うべきなのか、どうすれば正確に妊娠を確認できるのか、中絶にはいくら費用がかかるのか、どの病院に行けばいいのか、手術後のからだにはどんな反応が出るのか。そういった具体的な知識や情報がまったくありませんでした。何もわからないまま自分のからだの大切な決断をしなければならないことに、怒りを感じました。
私の友人の例を挙げると、中絶できる病院の情報がなかったため、カナダのNPO「Women on Web」から経口中絶薬を送ってもらい、家でひとりで中絶しました。この団体は、望まない妊娠をした人々が安全かつ尊厳をもって中絶にアクセスできるよう、国際的に活動しています。その時は、彼女とずっとメッセンジャーで連絡を取り合いながら、薬を飲んだ時のこと、痛み、その後のことなどを話しました。
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イ・ラン
1986年、ソウル特別市生まれ。2011年歌手デビュー。アルバム『オオカミが現れた』で、韓国大衆音楽賞の最優秀フォークアルバム賞などを受賞。作家・映像作家としても活躍するマルチアーティスト。
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SHAME イ・ラン ジャパン・ツアー2025

9月27日~10月3日、東京・名古屋・京都の3都市を巡る待望のジャパン・ツアーを開催。愛と生きることへの肯定・疑問を投げかける全5公演。さらに9月25日には河出書房新社より新著『声を出して、呼びかけて、話せばいいの』も刊行予定。

声を出して、呼びかけて、話せばいいの
定価 1,980円(税込)
河出書房新社
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2025.09.14(日)
文=綿貫大介
写真=melmel chung
通訳=ソン・シネ(TANO INTERNATIONAL)
CREA 2025年秋号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。