予期せぬ妊娠……嬉しかったわかめスープ

――中絶という選択をされた当時のことを教えてください。
イ 私が自分の妊娠に気づいたのは大学3年の、短編映画ワークショップの準備期間でした。当時のパートナーとは性関係を持つときにコンドームを使っていたので、妊娠の想像はまったくしていませんでした。胸が妙に張って、ひどく疲れ、生理が来なくなり、妊娠検査薬で調べたら、結果は二本線でした。真っ先に考えたのは、「撮影が始まるのにどうしよう」ということでした。慌てて産婦人科に行った時の待合室の光景は今でも覚えています。廊下に長く伸びる待合室の椅子には、大きなお腹の妊婦たちが座っていました。そこで私はなぜか恥ずかしい気持ちになりました。子どもを産む人と産まない人で待合室を分けてくれたらいいのに。
当時は堕胎罪が存在し、中絶は「暗黙の了解」で行われることでした。HPなどで手術ができることを公にしている病院はなく、一軒ずつ電話で問い合わせるか、人づてに聞くしかありません。私が行った病院は、幸い手術が可能でした。医師と相談し、すぐに中絶を選択し、次の日に手術をしました。病院側は「不法行為であるのに手術をしてあげるんだから、感謝しろ」という態度で、手術内容についての説明は何もありませんでした。あまりに慌ただしく物事を決めなければならず、当時の私は妊娠している自分のからだや妊娠そのものについて真剣に考える余裕もありませんでした。
――手術当日のことを覚えていますか?
イ 手術台に上がると、看護師が10から1まで逆に数えるよう私に伝えました。10、9、8……そこからは記憶がありません。荒っぽく揺さぶられて目を覚ますと手術は終わっていました。麻酔が切れると、疼くような痛みが襲ってきました。当時のパートナーが実家から借りてきた車で大学の寮に戻ると、唯一、妊娠と中絶のことを話していた大学の友人が、保温ポットにわかめスープを入れて持ってきてくれました(編集部注:韓国では産後の回復食として、栄養豊富なわかめスープを食べる習慣がある)。その心遣いがとても嬉しかったです。
2025.09.14(日)
文=綿貫大介
写真=melmel chung
通訳=ソン・シネ(TANO INTERNATIONAL)
CREA 2025年秋号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。