書斎のような場所に出たこともあった。本棚がならび、窓際に大きなデスクが置かれていた。棚にならんだ本の背をながめていると、だれかがやってきた。初老の男で、やはり探し物を手伝ってくれた。ものしずかだが、なつかしい感じのする人で、探し物をするあいだ、そこにある本のことをあれこれ話してくれた。
男は探しものが本だと思いこんでいて、探しているのは「もの」としての「本」なのか、それとも「本」に書かれた「言葉」なのか、と訊かれた。そう訊かれてはじめて、探し物が「物体」でない可能性もあるのだと気づいた。自分が探しているのは「もの」ではなく、「情報」なのかもしれない。だが結局、その部屋でも探し物は見つからなかった。
くりかえし夢を見たが、同じチョコを選ばないかぎり、ちがう部屋に出た。どれだけ大きな屋敷なんだろう。いろいろな人に会い、いろいろな話を聞いた。探し物に関係のないことがほとんどだったが、あの書斎の男と話したときのように、少しだけ答えに近づけたと感じることもあった。
出会う人はみんな俺にやさしかった。そうして、どことなく見覚えがあり、なつかしい感じがした。だが何度行っても、自分がだれなのか、そこがどこなのか、なにを探しているのかはさっぱりわからなかった。


おかえり草 祓い師笹目とウツログサ2(文春文庫 ほ 27-2)
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文藝春秋
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2025.07.02(水)