女性はにこにことうなずき、そういうこともあるわよねえ、と言った。さっぱり話が通じない、と思う。ここはどこなんだ。ああ、でも、なんでここにいるかだけはわかる。なにか探し物をしていたんだ。なにを探していたのかはわからないけれど。
「探し物をしていた気がするんです」
「探し物?」
女性がおうむ返しに訊いてくる。
「ええ、探し物です。でも、なにを探していたのか思い出せなくて」
「そう。それはたいへん」
「それを探さないといけないんです」
そう口にしたとたん、自分にとってそれがなにより大切なことである気がした。そうだ、自分はそのためにここに来た。なにかを見つけ出すために。
「じゃあ、探さなくちゃね」
女性が微笑む。
「ええ、そうなんです。でも、それがなにかわからないから、探しようがなくて」
ものにはたいてい定位置がある。料理や食べ物にかかわるものなら台所にあるだろうし、服なら箪笥やクローゼット、文具や本なら書斎といった具合に。だが、それすらわからないのだ。
そもそもここは……。ダイニングテーブルや食器があるから、きっと家なんだろう。俺の家ということか? そうでないなら不法侵入だし、この女性がこんなふうにやさしくチョコを分けてくれるわけがない。
だが、さっきから微妙に話がすれちがっているし、この女性が認知症という可能性もある。それにこれまでの会話を考えると、俺がだれかよくわかっていないようにも見える。やはり認知症なのかもしれない。
「でも、探すしかないわよね」
女性がにっこり笑う。もし認知症なら、これ以上いくら話しても埒があかない。
「探し物は、探さないと見つからないでしょう?」
妙にはっきりした口調にはっとする。探さないと見つからない。それはその通りだ。
「ええ、そうですね」
「この部屋にありそう?」
「わからないです。でも、これまで見たなかにはなかったと思います」
大きさもわからないし、もしかしたら棚の引き出しにはいっているのかもしれないが。
2025.07.02(水)