高級感とは、ネオンの輝きにくるんで押しつけてくるものではなかったのか。少なくとも有馬の知る新宿はそうだった。ここは、こちらが見つけて、受け取ろうと手を伸ばしてくるのを静かに待っている。故に有馬は怖気づいてしまう。
二十階に着いた。
広い、とフロアを見渡してまず感じた。エレベーターホール、かごと狭い空間を経由してきたからかもしれない。壁らしい壁がない、フロント、ロビー、ラウンジといった全てのエリアがフラットに繫がっている空間設計のおかげでもあるだろう。どこからか甘い香りが漂っている。
右手がティーラウンジらしい。ロビーから少しだけ距離が取られ、一段、床も低くされている。足の低いテーブルと座面の深いソファのセットが、適度な距離を保って並べられている。向かい合う相手の顔をよく見るためだ、と有馬は知っている。偽物の空間で学んだ知恵だ。
席は七割方、埋まっていた。埼京線で見かけたのと同じ人たちが座っているような気がした。カジュアルに、気負わずに、この空間を利用している。有馬は自身の服装を見直した。二年前に買ってもらったディオールの春物ジャケット。ちょっと、恥ずかしくなる。
ラウンジの入り口でスタッフに声をかけられた。有馬は「待ち合わせです」と答える。
「予約名はジンとなっていると思います」
窓際、角の席へ案内された。既に一人、座っている。ケースケさんではないのは遠目で分かった。そもそも、同席しないと事前に伺っている。
男は、上座を空けるようにしていたから、有馬が最初に見たのは後ろで結んだ髪だった。ヘアゴムで団子を作っている、有馬はチョンマゲと呼んでいるヘアスタイルだった。ファッション雑誌での呼ばれ方はマンバンヘア。お団子の先はまとめずにポニーテールのようにうなじを毛先が触る程度に長く伸ばしている。
前に回って、今度は服装に驚く。真っ青なスーツを着ていた。ネイビーや紺ではなく、はっきりと青い。ネクタイまで同色だ。しかし、身についている。組まれた足の靴下の覗き方から、ちゃんとしたオーダー品だと見当がついた。
2025.06.24(火)