サウスタワー新宿は大手私鉄のグループ会社が経営しているシティホテルである。正式にオープンしてからは、まだ一年も経っていないはずだった。

 待ち合わせ場所は二十階、ティーラウンジと聞いている。中層階まではテナントとしてオフィスやレストランが入居していて、高層階がホテルという構造になっている、らしい。二十階はホテルの方だ。

 入館してみると、静かすぎない程度に落ち着いているといった雰囲気で、鼻を撫でるフレグランスも冷たい感触だ。別に高級店が並んでいるわけではないが、ウーバーイーツの受付はしていなさそうな店ばかりだった。有馬は、口角を捩じるように上げた。

 新宿という街は駅のどの出口から出るかによって姿を変え、各エリアの間は断絶されている。サザンテラスから代々木にかけては有馬はろくに歩いたことすらない。新宿に川は流れていないけれど、甲州街道がその代わりになっている。

 ホテルをご利用の方はこちら、という案内を見つけた。矢印に従い格子戸風の装飾がされた自動ドアの先へ入るとエレベーターホールになっていた。

 今、通ってきたテナントのエリアが寒色を多く使った無機質な内装だったのに対し、ここは洋館風と言えばいいのだろうか、有馬は言葉を捜すが見つけられない。天井にはシャンデリア、それに照らされる白い壁には漆喰の暖かな質感があり、下部には鈍く確かな艶を放つ腰板もあしらわれている。床は毛足の短い赤の絨毯で、靴底が擦れる音さえしない。ちょっとした細部の装飾も、上品に光っている。

 呼びだしボタンを押すと、エレベーターのドアが優雅に開いた。かごの中まで絨毯が敷かれている。壁がガラス張りになっていて外の景色が見えた。サザンテラスが遠くなっていくが、上昇の速度は決して速くはない。悠然という表現を有馬は見つけた。続いて、これが本物のホテルか、と思った。これまで有馬が入ったことがあるホテルが目指していたものは、きっと、こういう感じなのだろうと、調度のひとつひとつに感じる。窓の外、歌舞伎町の方角へ目を向けたが、あのラブホテルたちは見えなかった。

2025.06.24(火)