「何がですか」

 今度は声に出してしまった。

「君という存在が」

 有馬は押し黙った。そんなことを面と向かって言われたのは初めてだった。

「続けようか。もう少し、話を聞かせてほしい」

「なんで、ですか」

 絞り出したような声がでた。

「俺のことなんてどうでもいいじゃないですか。仕事の話をしましょうよ」

 ケースケさんからは具体的に何をやらされるのか、何も聞いていない。ただ、色んな意味で今の有馬にすすめるだけの話ではあるのだろうとは理解している。こんな明るいところで話をしている時点で予想外で、どうにも落ち着かないのだ。

 ジンは、ゆったりとした手つきで苺とルバーブのタルトを皿へ運んだ。

「仕事のために愛李くんのことを理解したいんだ。地元は東京かな」

 有馬は「成田」と答えていた。怒って席を立つことができる立場ではなかったし、それ以上に、ジンの声には素直に答えたくなってしまうような不思議な調子があった。「今、住んでいるのは」「蒲田です」「歳はいくつ」「二十三」「お父さんお母さんは」「生きてはいると思います」「最近、会っていないんだ」「東京出てからは」「ホスクラ飛んでからはどうしてるの」「ウーバーしてます」一問一答は詰まることなく進んだ。その合間で、ジンは別のフレーバーティーを注文し、有馬は苺と生ハムとオリーブの串をようやく食べた。料理が意図しているところは摑めなかったが、快い味はした。

「ホストをやろうとした切っ掛けはなに」

「バイト先の先輩が、一緒に面接行こうぜって言ってきたんですよ」

 大学を辞めて、何をするわけでもなく時間を浪費していた頃だった。アルバイトは大学に行っていた頃から働いている大手チェーンの居酒屋だったが、シフトを可能な限り入れても生活を続けるには不安な程度しか稼げない時給だった。どうせなら試しに、と誘いに乗った。

「結局、その先輩はすぐにどっかに行っちゃったんですけど。向いてないとか言って」

2025.06.24(火)