「単なるデートにも良いんじゃないかな」

 ジンは小さく首を振った。背後の席の男女を示したのだろう。

「そうですね。なんか、発想になかったな。モテないからでしょうね、俺」

 カップの取っ手から指を放して、ケーキスタンドへ手を伸ばす。「下段から食べるんでしたっけ」と聞いた。

「気になっているところから食べればいいよ。ただ、甘いものの後に塩気があるものは食べたくないし、温かいものは冷める前に食べたいだろう。だから、大抵はセイボリーから摘むんだろうね」

 そう言いつつジンが手に取ったのは、苺と生ハムとオリーブが重ねられた例の串だった。

「ホストは休止中なんだっけ」

「そういうことになっています」

 ジンがスコーンを割った。苺のジャムをつけて口へ運ぶ。有馬はコーヒーを一口飲んだ。ジンがスコーンを更に砕く。有馬は「飛んだようなもんなんですけどね、要は」と付け足した。ようなもん。要は。付け足しに更に足してしまった。

「だけど、お店の先輩とは、まだ繫がっている」

「本当、ずっとお世話になって、尊敬している人なので」

「その先輩のもとに戻りたい」

 有馬は小さく息を吸った。

「ケースケさんが、そう話したんですか」

「いいや、当て推量だ」

 ジンはスコーンの最後のひとかけらを食べた。

「ただ、情報は揃っている。飛んだはずなのに、そのホスクラの先輩とまだ連絡を取り合っている。一方的に相談しているだけ、というわけでもない。良い話があれば、紹介までしてくれる。もっと言えば、その先輩は、その良い話とやらを持ちかけてきた奴に話を通す際『ちょっと店を休んでいる奴が』という言い回しをしていた」

 話の大枠は読める、とジンはティーカップを持ち上げる。

「カケはいくらだい」

 言われて、有馬は自分の手元を見下ろした。飛んだ理由についてはまだ言ってなかったが、これも推測したのだろう。

「三百です。去年の年末締め日の直前に飛ばれました」

 正確には、売り掛けではなく、立て替えだ。

2025.06.24(火)