売り掛けとは、所謂ツケ払いのことである。客が当日に支払いができなくても締め日にまとめてお金を貰えればいいというシステムだが、店やキャストが客にカケを強要することによって、とんでもない金額に膨れ上がってしまうことが多発していると最近、騒がれだした。

 悪質店舗摘発の波を受け、有馬が勤めていたホストクラブ・ドラゴンデイズでは、一律で売り掛け禁止とお触れが出された。その代わりに使われるようになったのが立て替えだ。その場でお金がない客の支払いをキャストが立て替え、後で客がキャストへ立て替え金を渡す。店と客ではなくキャストと客という個人間での借金だから問題がない。そういう理屈だ。

 売り掛けと何が違うかと言えば、正常に回っている状態では何も変わらない。客はその場で金がなくても遊べる。店とキャストは締め日までに金を貰えれば何も問題なしだ。立て替えと言っても、実際にキャストがその場で現金を払うわけではなく、締め日までに入金するという形を取っているので、キャストが大金を常に手元に置いておく必要もない。

 問題は、客が金を入れずに、逃げてしまった場合だ。立て替えはあくまで個人間の借金だから、店にとっては関係ない。キャストが払うべき金を払っていないものとして対応する。実のところ売り掛けの時代から、そういう運用がされることはあったのだが、立て替えという建て付けがはっきりできてからは、取り立てが厳しくなった。

 有馬はこの三か月、逃げ回っている。しかし、店から、という気はあまりしていなかった。

「三百万円ね」

 ジンは苺のサンドイッチに手を伸ばす。

「給料からは払えなかったんだ」

「それができるプレイヤーではなかったので」

 この言い方でも有馬は見栄を張っているような気分になる。ナンバーと呼ばれる売上ランキング上位には縁のないキャストだった。

「いつからホストやってたの」

「大学を中退してからなので、三年前から」

「面白いな」

2025.06.24(火)