暗号やパズルのように歌詞を作っていく
作詞の方法は独特だ。たとえば「はいよろこんで」の場合、自身の心境から入れたいと思っていた歌詞は、
“『はいよろこんで』”
“差し伸びてきた手
さながら正義仕立て
嫌嫌で生き延びて
わからずやに盾”
(「はいよろこんで」より。作詞・こっちのけんと、作曲・こっちのけんと、GRP)
などの部分のみだった。
「“差し伸びて~”の部分は、このまま韻を踏んだ状態でメモしてあって、入れたいと思っていた。最初サビに置いてみたんですけど、ちょっとノリノリの感じが違うなと思って、あっちに置いたり、こっちに置いたりを繰り返しました。テトリスみたいな感じです(笑)。逆にサビの“ギリギリダンス”の部分は、母音から決めた感じです。最初は『タリラリラ~』という音だけ決まっていて、そこから子音を抜いて『ア・イ・ア・イ・ア』という母音だけにする。そこからこの母音にあう英語や日本語を探していって“ギリギリダンス”にたどり着いた。“3~6マス”の部分も同じ。なかなかこの母音にあう言葉が見つからなかったんですが、もともと心電図とか心拍数みたいなものを表したいという思いはあって、医学関連のYouTubeを見ていたらこのフレーズが出てきた。見つけた時は、オレ天才じゃん! と思いました(笑)。こういう暗号というか、パズルみたいに歌詞を作るようになったのも『死ぬな!』からです」
歌詞の作り方も、そして自分自身のコントロール方法も、まるでゲームの攻略法について語っているよう。そんな感想を伝えると、「確かにそういう感覚でやっています」。
「しんどさをどうやって攻略するかを考えるのは楽しい。たとえばダイエットのために炭水化物を抜く。そのかわりにお腹を満たしてくれるモノを見つけると嬉しいじゃないですか。それに近いかもしれない。それでたまにチートデイを作って、思い切り自分を解放、暴走させる。カラオケに行って4時間くらい歌いっぱなしとか、ドライブの途中で車のなかで絶叫するとか(笑)」
この障害がなければ音楽を作ることはなかった

双極性障害の自分を受け入れ、そして楽しむ。
「僕はこの障害になって良かったと思っていますし、自分のアイデンティティだと思っています。この障害がなければ音楽を作ることはなかったわけですから。いま現在、2025年の世界では障害、病気とされていますが、この先の未来で状況が変わったら才能と見なされているかもしれないじゃないですか。テンションが極端に高くなったり低くなったり、めっちゃポジティブになったり、死にたくなるくらいネガティブになったり。ここまでいけるオレ、スゲーって思うこともある。僕は、そういう能力を持っているんだと、最近は考えるようになりました」
双極性障害だからこその夢もある。
「双極性障害だったり、うつ病だったり、パニック障害だったりって、音楽やアートと相性がいい。だから僕がその関係性を体現しつつ、将来的には小さい子、若い人がこれらの状態に苦しんでいるときに、音楽やアートと結びつきやすくなるような状況を作れたらいいなと。現世にいたくないと思うことは、僕もありました。でもその手前、1ミリ手前でもいいから踏みとどまって、音楽やアートに触れてみる。そうすることで救われる人もきっといると思うし、その繋がりを作っていくことに自分が少しでも貢献できたらいいなと思っています」
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こっちのけんと
マルチクリエイター
1996年、大阪府生まれ。大学在学中にアマチュアアカペラ全国大会「A cappella Spirits」で2年連続優勝。口だけで曲を演奏する“1人アカペラシンガー”としてYouTubeで活動後、2022年8月に初の配信シングル「Tiny」をリリース。24年、日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞。
『けっかおーらいEP』

TVアニメ『ヴィジランテ-僕のヒーローアカデミア ILLEGALS-』オープニングテーマである表題曲、Eテレ『The Wakey Show』エンディングテーマ「それもいいね」のセルフカバーなど全6曲を収録した、自身初のCD作品。
こっちのけんと ソニー・ミュージックレーベルズ 2,200円 2025年6月18日発売
続きは「CREA」2025年夏号でお読みいただけます。

2025.06.21(土)
文=川上康介
写真=平松市聖
CREA 2025年夏号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。