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もしもいまナンシーが生きていたならば

――では最後に。詮ないことではあるんですが、いまもしナンシーさんが元気だったら、どんなことを書いていると思いますか?

町山 ナンシーさんって本当に自己言及しない人で、自分がどう見られるかとか、そういうことを意識して文章を書いてたわけでもないし、社会に影響を与えたいわけでもなかった。

 だから、発言がネットで拡大されてパワーを持ってしまうことが避けがたいいまも、テレビについて書き続けたかどうかはわからない。テレビとの距離は保ち続けたと確信する一方で、パワーを持たせたがる人たちとの距離をとるのがすごく難しいいまだから、どんなふうに距離を取ったのかな、とは思います。

いとう 時代が変わり、テレビはおしまいだってみんな言う。それでも毎日朝から晩までやっているわけで。それこそ、境界線のなくなったテレビをじっと見据えて書いたんじゃないかとは思う。笑えない人たちが多くなっちゃったのは事実だけど、それでも笑える人たちはいるというところを書いたかもしれないなって。だから、少しはテレビに優しくなってくれてたかも、とは思うよね。

町山 ナンシーさん、弱ってる人や権力のない人には優しい人だから。そして、テレビは「信仰の現場」のひとつ、くらいの扱いにはなったのかも。

いとう 確かに、ワン・オブ・ゼムかもしれないね。でも、テレビを作る人たちは指針にしていたし、ナンシーの目が光ってる、みたいな、超自我のようなものが働いてたところが彼女の与り知らぬところにはあったから。とはいえ、そういった権威を彼女はいちばん嫌うわけだから、崇められてしまうことから巧みに逃げつつ、相変わらずの鋭い筆致で書いているんじゃないか、とは思うけどね。

「あさ虫温泉フェス ~音楽とトークと湯~」

かつて棟方志功、太宰治が愛した青森・浅虫温泉街の中に、同県出身の消しゴム版画家・ナンシー関の菩提寺があることから企画が生まれたフェス。ライブ、トークイベントのほか、いとうせいこう氏キュレーションによるナンシー関作品の特別展示もあり。5月17日(メイン)、5月18日(後朝祭)の2日間開催。今後、さらに盛り上がる追加情報を発表予定!
https://www.asamushifes.com/

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2025.04.01(火)
文=辛島いづみ
撮影=平松市聖