真里 大変な取り組みがある日は配達も行かないんですよ。お姉ちゃんと私は初代貴ノ花も好きだったんですが、取り組み前になると仏壇でおりんを鳴らして勝つように祈って。でも、観てらんないんです、心配しすぎて。
負けるのを観るのがイヤだから、2人で頭から布団を被って「いや~!」って(笑)。両親の「あ~っ!」って声も聞きたくないので耳も塞いで、取り組みが終わった頃に布団から這い出て「勝った? 負けた? どっち?」って聞くっていう(笑)。

いとう ていうか、関家におけるお相撲の位置(笑)。ものすごいところにあるんだね。でも、ナンシーはさ、若貴時代になると結構突き放して書いてたよね。
町山 初代への思いがあるからこそ。そんなことでいいと思ってんのか! って(笑)。
真里 大好きでしたから、貴ノ花が。ただ、お姉ちゃんは、女の子としてはウルフ(千代の富士)の方がカッコいいから好きだったと思います。
町山 千代の富士とヒクソン・グレイシーですもんね、ナンシーさんが恋をしたのは。
――ヒクソンといえば、ナンシーさんは、ジャイアント馬場だったり、プロレスも結構好きですが、それもお父さんの影響ですか? お父さんは、レパード玉熊の後援会長をやられていましたよね。
真里 父は若い頃、ボクシングをやってたんです。それもあって、ボクシングの試合も家族みんなで観てました。ルールを教えてもらいながら。
あと、野球も好きでした。民放が少なかったから、ナイター中継しか観るものがないという状況もあったんですが、家族みんなでジャイアンツを応援して。でも、「一部の地域はここで中継を終わります」っていうときの「一部」だったんで、青森は。続きはラジオで聴いてましたけど(笑)。
いとう テレビは断然野球中継だったんだね。バラエティじゃなくて。
真里 チャンネル権は自分たちにもあったんですが、父が「今夜は野球だ」といえば観なくちゃいけなくなるんです。
町山 だから、ナンシーさんって「お父さんの娘」というイメージがすごくあって。お父さんと一緒にテレビを観つつ、たぶんそれが面白くないときに自分なりの見方を醸成していったのかなって。
あみ出された消しゴム版画と文章の絶妙なバランス
いとう 笑わせはどうなの? 笑わせるのが好きだったとか、そういうのはあったの?
真里 それもないんです。家の中でもほんとに静かだったし、率先して話をする感じでもなかった。私はお姉ちゃんと2人部屋でしたけど、そんなにおしゃべりした記憶もなく。

ただ、気になる言葉があったり、あの人はヘンだとか、これはちょっと胡散臭いとか、そういうのがあったりすると、誰かに言いたくなるみたいで、それを噛み砕いて私にもわかるように説明しようとするときはたまにありました。そういったことに気づくのが早いほうでしたから。
いとう そこだよね。これは胡散臭いと思ったものを、どうやって面白く、万人が理解できるように伝えるのか。そこで消しゴム版画と文章っていうことをあみ出したわけだ。文章だけだとキツく感じてしまうから、あの間の抜けた版画が添えられることで、絶妙なバランスを生み出す。
町山 顔の横に彫られたひと言が、また。
いとう そう。キャッチコピーも微妙なおかしみを生み出す。まさに二挺拳銃だもの。
2025.04.01(火)
文=辛島いづみ
撮影=平松市聖