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偽物でも本当でも、自分の心が動くのは何か

――お互いに「もう会うことはない」と思っていた、かつての恋人・竜次との再会は、安奈にとって幸せだったのでしょうか。

小泉 安奈と竜次の間には、恋とか愛という次元を超えた澱のようなものが感情の一番奥底にあって、それがふたりの人生にずっと影響してきたのではないかと思います。

 安奈が竜次に「ありがとう」と言うシーンがあります。安奈は心の奥底に感情を閉じ込めながらも、ずっと竜次を心配していただろうし、心のどこかで竜次のようなアウトローな生き方を認めてもいた。だから、竜次らしい生き方をそのまま貫き通した彼に、「ありがとう」と声をかけたのだと私は解釈しています。

――完成した映画をご覧になって、どのように思われましたか?

小泉 偽物でも本当でも、自分の心が動くのは何かということを、あらためて考えるレッスンが、私たちみんなに必要なんじゃないかと思いました。

 とくにいまはインターネットやSNSで情報が左右される時代です。映画のなかで、萩原聖人さん演じる美術館の館長・村岡が「私はあの絵に心底惚れ込んでおりました。それはあの絵が贋作であると指摘された今も変わるものではありません」と訴える場面がありますが、確かに、誰かの評価や世の中の状況で値段や価値が変わっていくって、不思議ですよね。人や社会がどう判断しようと、自分が美しいと思うものに絶対の自信が持てる。そういう「本当の価値を知っている人」が必要なのではないかと感じました。

――小泉さんは人の意見よりもご自身の判断を重視できるタイプですか?

小泉 そうですね。私は子どもの頃から、個性を尊重してくれる家庭で育ったので、10人のうち9人が「右がいいよ」と言っても、自分が「絶対左がいい」と思ったら譲らないところはあると思います。

 もちろん、情報に流されてしまうこともありますが、たとえば家を購入できるくらいの値段を出してすごい美術品を買ったとしても、それを飾るに値する家がないのなら、たまに美術館に行って観るほうがいいんじゃない、って思いますよね。そういうふうに「自分だったらこうかな」と言えるものをしっかりと持つことがこれからの世の中では必要なんじゃないかなと思います。

『海の沈黙』

11月22日(金)TOHOシネマズ 日比谷 ほか全国公開

本木雅弘
小泉今日子 清水美砂 仲村トオル 菅野恵  / 石坂浩二
萩原聖人 村田雄浩 佐野史郎 田中健 三船美佳 津嘉山正種
中井貴一

原作・脚本:倉本聰
監督:若松節朗

製作:曵地克之
プロデューサー:佐藤龍春 製作会社:インナップ
配給・宣伝:ハピネットファントム・スタジオ

©2024 映画『海の沈黙』INUP CO.,LTD

衣装クレジット

ニット 88,000円、パンツ 36,300円/CINOH(MOULD 03-6805-1449)
ピアス 35,200円/PLUIE(PLUIE Tokyo 03-6450-5777)
リング 右・人差し指 19,800円、薬指 29,700円、左 40,700円/Rieuk(info@rieuk.com)

次の話を読む「弱音を吐いちゃうのも私じゃん」と…小泉今日子が考える世の中に“足りない”ポジティブさ

2024.11.22(金)
文=相澤洋美
写真=杉山拓也
スタイリスト=藤谷のりこ