「それでは――よろしくお願いします」
本番五分前ー、というよく通るタイムキーパーの声がスタジオに響いた。
独特の緊張感が、セット裏に漂う。
「生放送って、こんなギリギリに入るもんでしたっけ」
仁礼が市原に小声で尋ねている。市原より先にバンドマンの村崎が口を開く。
「演者を待たせないように配慮してくれてるんすよ。歌番組とかだと、ギリギリまで楽屋で声出ししてる人もいるし」
「おれはもうちょい余裕持ってスタンバイさせてくれた方が安心するんだけどなぁ」と仁礼。
「まあ、今回はさすがに緊張しますよね。歌番組の生放送はせいぜい歌詞飛ばすとかそのくらいの失敗しかないけど、この番組はマジで一歩間違えたら大炎上しちゃいますもん」
「てか、勇崎さんの遅刻もかなり話題になりそう」仁礼が勇崎さんの件に触れる。「生放送で遅刻って、なかなかえぐいよね」
「勇崎さんって時間に厳しい方ですよねぇ。前に『情熱大陸』の密着で観ましたよ、“俺は売れてからも仕事で人を待たせたことはない”って」もち子が参加してくる。「全国に遅刻がバレるの、めっちゃ恥ずかしそう。所属タレントとしてはどうなんですか、バンビさん」
煽り気味に話を振られて苛つくが、この程度のことで感情を波立たせてたら今日の生放送なんてやっていけない。あたしはしれっと、「まあ、忙しい人なんで」と内容のないコメントをした。そこでふんわりパーマのADの男子があたしのマイクを直しに入ってきたので、それ以上会話せずにすんだ。
「尺とかどうするんだろ、勇崎さんもトークする前提で二時間組んであるんだと思うけど」と清水。舞台もやってるからか、尺への意識があるらしい。
「長めにトークした方がいいんですかね。幸良さんから何の指示もなかったけど」と仁礼。お前にそんな調整するスキルないだろ、と言いそうになるのをこらえる。
「まあ、何かあったらカンペ出るやろ。こういうトラブルのときは他の演者が落ち着きつつ臨機応変にやればええねん」
2024.07.07(日)