「皆さんにお伝えしないといけないことがあります」
「何ですか、かしこまって」村崎が茶化すように肩をすくめる。
幸良は雰囲気を壊さないよう曖昧に微笑みつつとはいえ不真面目に見えない程度に真剣な目を保ちつつ、みたいなこと考えてんだろうなーって表情で、
「本日の〈語り手〉の一人である勇崎恭吾さんが、遅刻されています。到着時刻は、現時点で分かっていません」
幸良からの宣告により、場はあからさまに騒然となった。
「うっそ、冗談でしょ?」「ドッキリとかじゃなくて?」「やばいでしょ、もう本番始まるって」
うるさいな、と思いつつ、あたしもしっかりと演技して驚きを表現する。「え、社長遅刻? マジぃ?」
幸良は本当です、と短く言った。
「本番は、勇崎さんなしでスタートします。間に合い次第合流ということで、皆さんには臨機応変な対応をお願いすることもあるかと思いますが、よろしくお願いします」
遅刻じゃなくて、欠席なんだけどね――なんせ死んでるから。
あたしは脳内で笑いながらも、表情に出ないように気を張る。他の出演者たちと同じように、当惑とほんのちょっとのわくわく感――こういう自分起因じゃないトラブルには高揚してしまうのがタレントの性だ――を織り交ぜた顔で、幸良の言葉に耳をかたむける。
「ごめんなさい、時間がありません。とにかく、皆さんは元々の進行通りにやっていただいて大丈夫です。MCの滝島さんとは先程話を詰めていますので、勇崎さんまわりは彼が何とかしてくれます。スタンバイお願いします」
自信なさげながら有無を言わせない、というなかなか難度の高そうな口調で、幸良はスタジオの方を手で示した。ここでうだうだ言ってても時計を止められるわけじゃないことくらい、全員分かってる。出演者たちは素直に従ってスタジオ入りした。演者さん入られます! というADの威勢のいい声がスタジオに響く。
セットの裏に回り込む形で、待機場所まで先導される。よほど遅刻の件でぴりぴりしてるのか、幸良の表情には笑みが一切なかった。
2024.07.07(日)