はっきりと言い切ったので、彼女は少し驚いたようだったが、すぐに私の目を見た。

「それならこのまま様子を見ましょう。3か月生理がきていないので排卵を誘発するために薬を出します。副作用が出る体質なら注射を打ちます。子どもを望んでいなくても、生理がこないと将来的に骨が弱くなるなどのリスクがありますから。生理がきてもこなくてもまた受診してください」

 ただ、と医師が付け加える。

「子どもがほしい場合は、ここではない、不妊治療専門の外来にすぐに行ってください」

 そう言ったのが女性ではなく男性の医師であったなら、私はその言葉も受け流していたかもしれない。

 目で見える部分も見えない部分も、子どもを産めるように作られている、同じ身体性を持つ女性の医師にそのように言われたからこそ、私の心は突然大きく揺さぶられた。

「今後の人生で考え方が変わって子どもがほしいと思っても、私は産めないかもしれない。産むためには今から不妊治療を始めないといけない。子どもを産むかどうか選ぶ期間は短くて、産むと決めても産めない可能性もあるということですか?」

 婦人科医は「そんな感じですね」と言葉を濁した。どうやら彼女は、私がまだ30代前半であることを心配しているようだった。

 しばらくしたら生理がくるという注射を打ち、診察室を出る。大丈夫、大丈夫。

 自分に言い聞かせる。

 私は子どもを産みたくないと思って生きてきたから、大丈夫。

「産んだほうが良いのではないか」という迷い

 それなのに私は矛盾した行動をとった。帰りのバスでケータイを取り出し、自宅付近にある不妊外来を調べ始めたのだ。

 何せ東京23区内である。数が多すぎる。

 不妊治療で子どもを授かった友人にメールをして、どの不妊外来に通っていたのか聞いてみた。友人は快く教えてくれて「治療をするなら、どこまでお金をかけるか、何歳まで続けるか先に決めたほうがいいよ」とアドバイスもくれた。

 彼女からのメールの返信とインターネットの検索履歴を見て、私は自覚せざるをえなかった。

2024.07.09(火)
文=若林 理央