この記事の連載
ベニーに“特別な愛情”を抱いてしまったら、どうする?
ベニーはただ一心に母親と一緒に暮らしたいと求め続けるが、母ビアンカ(リザ・ハーグマイスター)は、娘を愛しながらも、その凶暴さを恐れ逃げ出してしまう。だからといって彼女だけが悪いわけではない。女性がひとりで子どもたちを育てるのは大変な労力だし、横暴なパートナーや貧困に苦しんでいるならなおさらのこと。幼い子たちを守るため、自分の手には負えない上の娘を見捨ててしまうのも、悲しいけれど納得はできる。
ベニーを取り巻く大人たちも、決して悪い人ばかりではない。社会福祉課のバファネ(ガブリエラ・マリア・シュマイデ)は、どうにかベニーが安心して定住できる場所を見つけてあげようと奮闘しているし、グループホームの職員たちはみな、強い信念をもって勤しんでいる。
かつての里親も、できるなら彼女を他の子どもと同じように受け入れたいと望んでいる。問題は、みな他にも大勢の子どもたちの面倒を見なければならず、ベニーひとりだけを特別視するわけにはいかないことにある。ルールを守れず、人を傷つけずにいられないベニーは集団生活に馴染めず、どのシステムからもはみ出してしまうのだ。
やがてベニーは、通学のための付添人としてやってきたミヒャ(アルブレヒト・シュッフ)という青年と知り合う。これまで知り合った大人とは違う雰囲気を持つミヒャに、ベニーは興味を持つ。ミヒャも、野生の狼のようなベニーの瞳に魅入られ、誰の手にも負えない彼女を自分だけは救えるかもしれないと考える。そこで彼は、ネットも電気もない森で数日間を過ごす、というプログラムを提案し、ベニーの衝動的な性格を良い方向へ導こうとする。
おそらくミヒャという人も、不幸な幼少期を過ごし怒りを抑えきれない子どもとして育った人なのだろう。だからミヒャとベニーの間には、他の人たちとは違う特別な絆が築かれる。普通であれば、その絆が孤独な少女をまともな生活へと導くことになりそうだが、この映画はそう単純な物語には行きつかない。親密になるにつれ、ベニーに特別な愛情を抱き始めたミヒャは、そんな自分に困惑し、この子を守るのはあくまで仕事に過ぎない、踏み込み過ぎてはいけないのだと必死で言い聞かせる。
2024.05.04(土)
文=月永理絵