六七年に帰国すると神奈川県伊勢原に居を移し、六八年に長女を出産。ギリシャ悲劇に材を取った小説『反悲劇』(河出書房新社)の四部作の連載を開始します。「ヴァージニア」(「群像」十二月号)、「長い夢路」(「新潮」十二月号)を発表。この時期に書いたのが第二部に収められた「坂口安吾論」です。「『他者』という変数を手がかりに」し、自身の小説観を明確に示し、「他者という仮面をつけること、カフカによれば『わたし』が『かれ』になること、これが小説の秘密なのです」と述べています。
六九年には、カフカ的不条理の世界の滑稽さを描いた『スミヤキストQの冒険』(講談社)を刊行。第一部「なぜ書くかということ」「青春について」「安保時代の青春」、第三部「主婦の仕事」を含む二十九篇のエッセイを発表しています。「青春について」には、本物の新しい文学を知ることが「他人を発見すること」であり、「文学を解毒剤として長い青春から抜けだすことができた」という一文があります。「安保時代の青春」はこの十年間の総括として書かれたような文章です。「学生の騒動になんとなく共感をおぼえるという人は、一度自分の心のなかをのぞきこんでいただきたいものです。わたしなら、そこにヒトラーを呼び求めている心理のメカニズムをみます」という洞察力に満ちた言葉はいま読んでも新鮮で、まったく古びていません。
さて、七〇年代は変化の十年と言えるでしょう。七〇年六月からスワッピングとインセストを扱ったことで注目された『夢の浮橋』の連載が「海」(七月号)で始まります。『源氏物語』や谷崎潤一郎の作品に影響を受けた典雅で官能的な世界を描いたこの作品で、非の打ち所のない佳人として桂子さんが登場します。
七一年に次女が誕生。七二年にポルトガルに一家で移住。七四年に帰国し、七五年から『倉橋由美子全作品』(全八巻、新潮社)の刊行が始まります。各巻末に「作品ノート」という自作解説をつけ、影響を受けた作家や作品、創作の秘密について語っていますが、全集で作家自らがこのような解説をつけたのはきわめて珍しいことでした。七七年には初めての翻訳書『ぼくを探しに』(シェル・シルヴァスタイン著 講談社)を刊行します。
2024.04.23(火)
文=古屋 美登里(翻訳家)