「違うのです!」
今にも泣きそうな声で和麿は言ったが、当主はただ雪哉に向けて、頷きをひとつ返した。
「続けよ」
「はい。そしたら、『山烏の分をわきまえよ』と言われました。『噓をつくな』とも。『そのような粗末な身なりの宮烏がいるか』って。あの、地方の宮烏はこんなもんですって言ったんですけど、信じてもらえなくて」
黙れ、と、激昂したように和麿は叫んだ。
「だって、そうでしょう。こいつは、羽衣で来たのです。とても、貴族には見えませんでした」
羽衣とは、転身した時に羽となる、普段の衣代わりになるものだ。一見して黒い着物のように見えるが、実は意識して作り出した、体の一部分でもある。武人や衣が買えない平民は好んで身につけるが、金銭的余裕がある者は、まず着ようとは思わない。
まさか、郷長の息子が羽衣を着用しているとは思わなかったのだと和麿は主張した。
「それにこいつは、弟の非礼を謝るように見せかけて、実際わたくしを馬鹿にしていました。むしろ、開き直っていましたもの。弟の吐いた噓を貫き通したように見えたのです! 『手を出したのは弟が悪かったが、郷長の代理として、代金を返して欲しいという主張は変わらない』と」
「全くもって正論ではないか」
「いや、そうなのですが、そうではなく」
言いながら、自分で自分の墓穴を掘っていると気付いたようだ。当主に上手く理解をしてもらえず、和麿はじれったそうな顔になった。
「だって、まさか、本当に郷長の息子だとは思わなくて。山烏が、噓を吐いているのだと……宮烏を馬鹿にされたのだと、てっきり」
「それで、取り巻きと一緒に、雪哉に暴行を加えたわけか。郷長に代わり、窃盗の示談にわざわざやって来た郷長の子息を」
不機嫌に言った当主の言葉に、和麿はあんぐりと口を開いた。そういう事になるのだと、今の今まで理解していなかったようだ。
「窃盗の、示談?」
「郷民が、郷長屋敷の者に貴族との仲介を頼むことはままある事だ。そもそもお前は、どうして市で売っている餅を勝手に食ったりしたのだ」
2024.04.15(月)