彼女のあまりに「典型的」な生育歴
このカルチャーセンターの講座がきっかけで、彼女はカウンセリングに訪れた。ひそかに想像していたが、やはり彼女の生育歴は、アルコール依存症抜きには語れないものだった。
アルコール依存症者の平均死亡年齢は52歳だ。彼女の父も52歳で亡くなった。
日々どんな父親の姿を見ながら育ったのか、両親のどんな光景を見せつけられたのか、どうやって母を支えてきたのか。そのディテールは、AC(アダルト・チルドレン)の解説書そのままだった。アルコール依存症の家族の仕組みは、それほどバラエティに富んでいるわけではない。経済的格差や社会的地位にかかわらず、どれも似通っている。
父のような男性だけは避けたい、母のような不幸な人生は送りたくない、できれば結婚などしないで一生終わりたい。そう思っていたが、職場で出会った、一途で強引な男性と結婚した。
両親のもとから自分を引き離してくれる、そう思えたのも理由のひとつだった。ところが、仕事熱心な夫は娘が生まれてから酒量が増え、酔うと暴力もふるうようになった。
なぜ母のようになりたくないと思った自分が、父と同じ飲酒問題のある男性と結婚し、母と同じ嘆きの結婚生活を送っているのだろう、そう思いながら娘を育てた。
「繰り返したくない、娘だけには同じ苦しみを味わうことをさせない」、そんな思いが、カルチャーセンターでの質問と、あの涙につながっていたのである。
「アルコール依存症」の誕生
ここでアルコール依存症について簡単に説明しておこう。「依存症」という言葉自体が1970年代半ばに誕生したものである。それまでは「アルコール中毒」、略して「アル中」と呼ばれていた。
アルコール中毒には急性と慢性があり、イッキ飲みで大量飲酒した結果意識不明になってしまうのは急性アルコール中毒である。慢性とは習慣的な飲酒の結果さまざまな問題が生じてしまうことを指す。
なぜ「依存症」という言葉が誕生したかと言えば、中毒はあくまで受動的に生じた症状を指すのだが、依存というのは本人から進んで行われる状態のことを指すからである。
2024.01.28(日)
文=信田さよ子