と、今「ユーモアミステリ」と紹介したが、本書は他にも顔がある。青春ミステリ、旅情ミステリ、そして本格ミステリ。まさに全方位。どんなお客様でもお喜び戴けますと言わんばかりの、書評家としては非常に薦めやすいつくりになっている。好みや読書習慣を知らない相手から「何か面白い本ない?」と訊かれたとき(ホントによく訊かれるんだけど、すごく難しいんですよそれに答えるのって)、相手が誰だろうがこれを出しときゃまず失敗しないってくらいの鉄板だ。もちろんマルチジャンルというだけで薦められるわけではなく、それぞれの要素に於いてどれもレベルが高いからなのは言うまでもない。
そして各要素が、互いに分ちがたく結びついていることが、本書の最大の特徴なのである。
まず旅情ミステリとしての魅力を考えてみる。
大抵、旅情ミステリと言えばシリーズ物の刑事が特急に乗って出かけ、観光地で聞き込みをし、断崖で犯人が自白するものと相場が決まっている(と思う)。けれど本書に登場するのは下関と門司のばりばりの地元民ばかりである。地元民を主人公にしてしまうと、そうそう観光地は出てこない。東京の人が東京タワーには行かないようなものだ。
本書でも、冒頭に書いたような観光地の名前は登場するが、赤間宮は壇ノ浦で没した安徳天皇が祀られる由緒ある神社としてではなく、耳無し芳一の舞台としてでもなく、地元の車の二台に一台はそこの交通安全のお守りを下げている(ホントか?)という紹介のされ方だし、有名な関門橋より関彦橋という「……どこ?」としか言いようのない、ルビがないと読めないような橋がフィーチャーされたりする。海峡の向こう側からもはっきり見える潮流の電光掲示板や、横浜ベイスターズが下関でホームゲームをする理由なども紹介される。
下関市民ですら忘れているようなベイスターズの設立当時の話が出て来るあたり、さすが野球好きの著者(カープファンでいらっしゃるとのこと)だけのことはある。余談だが、翔太郎の先輩・甲本が見ている横浜対中日のナイターでは、六回裏で七点差をつけ中日がボロ勝ちしていたようで、ベイスターズファンには申し訳ないが、ドラゴンズファンとしてはこれだけで本書の評価が一気に五割増だ。
2024.01.25(木)
文=大矢博子(書評家)