澤田 私が十三年前にデビューした当時は、調べ物はまだ紙がベースでした。ですがこの数年で、国立国会図書館オンラインなどが便利になり、論文や史料類をどこでも見やすくなりました。今から歴史・時代小説を書かれる方は調べ物しやすいなと感じる反面、誰でもその情報にアクセスできるから、かえって厳しく感じられるだろうとも案じます。私は、様々な史料に目を通したいため、大学でずっとアルバイト職員をしています。小説家デビューした後もずっと大学の図書館に出入りして、教授たちを掴まえて、分からないことをあれこれお尋ねしています。新しい作品を書く時も、先行研究などについて質問したり。大学図書館も近年、一般市民への利用開放枠を広げていますので、そういう意味で本当に資料にアクセスしやすくなりました。だからこそ調べ物に気を使う時代になってきていますよね。資料に縛られてしまうと書けなくなるし、ふんだんに資料が手に入る時代だからこそ、小説の「嘘をつくこと」の技術が問われていくでしょう。

 武川 私のデビュー作『虎の牙』は武田信玄の父・信虎を描いた小説なんですが、あれだけ人気のある武田でも、二〇一六年頃は、武田信虎の体系的な研究書というのは出ていなかったんですよ。私がデビューした二年後ぐらいに出て、すごい悔しかったんです。早く出してよ、って。

 夢枕 それって本当に悔しいんだよ。やろうと思ってて、自分で頑張って準備できて、いざと思ったら誰かがやるとね。

 武川 あと二年早かったら私はそれを読みました(笑)。山梨の県立図書館に行って片っ端から資料を見て、引用されている文献とか論文の先生の名前を辿って、さらにその先生の著作を引っ張って、みたいな感じだったので、むしろ、資料におぼれたかったですね。

 私たちは研究家ではなく、書いているのは物語だったり小説だったりするので、資料を参考にしつつ、どれだけ面白い空想の翼を広げられるかがすごく大事だなと思っています。

2023.12.12(火)
文=「オール讀物」編集部