蝉谷 私は本当に夢枕さんのお書きになった『陰陽師』のファンで、平安時代の陰陽師、それこそ夢枕さんが書いた『陰陽師』イコール私の中での陰陽師像という感じだったので……。
夢枕 実態は違いますから(笑)。
蝉谷 すみません(笑)。なので、星や宇宙に関する展示を見て、博雅と晴明との会話の中で、晴明はこういう知識を博雅に聞かせていたんだな、とファン心を沸かせていました。展示では、江戸時代に入って陰陽師たちの知見が完全に庶民になじんでいくのが興味深かったです。明治時代に編纂された呪術のまじないの辞典が今残っていないのは、当時の人々がすごく読み込んでいたからきれいなものが現存していないとか、すごく面白いなと思いました。
資料の面白さ、大変さ
武川 夢枕さんが、『陰陽師』シリーズを書く際に、参考にされた資料は展示されていましたか?
夢枕 いや、ないかな。『占事略决』とかいくつかは見たりしてますけど。基本は説話から取ったり、中国やインドの古典のいろんな妖怪を見つけては、面白く書くというやり方をしているので。資料って面白いから、読むと淫してしまって、原稿を書く時間がどんどんなくなる。だから、資料はきちんと読みますが、なるべくそれにとらわれないよう注意しています。答えがないものを書く時に、資料ってありがたいんだけど、それに縛られると困る。昔、時代小説を書くには、「これだけ知らなきゃ書く資格はない」みたいな風潮があって、勉強だけして、とうとう小説を書かずに亡くなってしまう方もおられたんですよ。僕自身は、書きながら勉強するという手口を見つけて、ちょっと楽になった。
澤田 この間から「オール讀物」で奈良時代の陰陽寮を作る話を書かせていただいて。史料が全然ないのですごい気が楽なんですよ(笑)。研究書を読んでも皆さんスルッとそこの部分は避けていらっしゃるから、誰も分からないんだと思って、かえって小説に書きやすいなと感じました。普段私は奈良時代、平安時代を書いていますが、たまに江戸時代に目を向けると、史料が本当にうずたかくて、人々の生活もすごく詳しく判明している。これら全部に目を通さなきゃいけないという強迫観念にかられてしまうと怖いなと。史料があれば一応読んだうえで放り投げる技を使うようにしています。武川さんが書かれている戦国は、史料も論文も多いじゃないですか。
2023.12.12(火)
文=「オール讀物」編集部