武川佑さん
武川佑さん

 武川 そうですね。ただ、土御門(安倍)が江戸時代に入って陰陽道の本所となるまでに、勘解由小路(賀茂)や南都の幸徳井とかと、水面下で政治闘争があったんだろうなと感じるんですけど、そこについて土御門は書き残していないので、ある程度自分の裁量で、推測というか、妄想していく余地があるんですよね。小説には、あえて記録に残されていないところを探っていく別の脳も必要ということは、資料におぼれそうになりながらも考えています。

 蝉谷 私は歌舞伎が好きなので役者の番付を見るのも好きなのですが、演技や人柄はもちろん、着物や化粧、しまいには『女意亭有噺(にょいていありばなし)』という女房の番付まで資料として残っているんです。それを読んで、「役者の女房」という存在に興味を惹かれて、第二作の『おんなの女房』を書きました。ずっと好きで、いろいろ調べてきた部分だから書けた作品なので、今後、歌舞伎を離れて新しい部分に取り組んでいくとしたら、さらに資料を調べないといけないという境地にあるんですけど。

 夢枕 資料には、いま、何が分かってないのかということが書いてない。もしかしたら自分の調査不足で、この答えはどこかにあるのかもしれないという、不安を抱いたまま原稿に向かうのが一番困るんだよね。そういう時は学者に会って「これってどうなんですか?」と聞けるといいよね。僕は五味文彦先生という平安時代の先生にお訊ねしたことがあるんですが、「それは何もないんですよ」「誰も知らないんですよ」と言ってもらえると、すごく気が楽になるんです。ただ、そういう質問ができる程度には、自分で調べてから専門家に聞くようにしています。でも、やっぱり調べすぎちゃうと駄目だね。「こんなことありえないよな」と自分で分かってしまって、書けなくなっちゃう。知らない時のほうが結構自由に書けていいよね。学者じゃないんだから、どこかで見切りをつけないと。

小説で「嘘」を書く技術

2023.12.12(火)
文=「オール讀物」編集部