「これらのデータから、加齢の影響を少なくする一番の近道は、睡眠時間について考えることだと言えるのではないでしょうか」
では、睡眠が老化と深くかかわっているとするのであれば、その「質」や「量」を具体的にはどのようにコントロールすればいいのか。
ここで重要なのは、睡眠がいかに大切であっても、「寝溜め」することはできないということである。
「睡眠負債」は返済困難
そこで用いられるのが「睡眠負債」という概念だ。睡眠負債とは、睡眠不足が続いた際に累積した「本来寝るべき時間」のことである。負債を負わないのが一番だが、もしも溜まってしまったら、早めの返済が必要である。
「自覚的に十分に眠れているという健康な若者でも、実際には睡眠負債は1日1時間あり、それを完済するには4日間かかるという報告があります。この実験では、若者に好きなだけ寝るように指示すると、初日は10時間以上眠りました。これは一晩徹夜したあとの睡眠時間と同じくらいです。翌日からだんだんと睡眠時間が減ってきて、4~5日目には8時間半に落ち着きます。この状態は完全に充足した睡眠時間が取れていて、それ以上は眠れないということです。つまり、十分に眠れていると自覚していても、じつは睡眠負債を負っていることとなります」
とはいえ、睡眠負債を返済するために週末にたくさん眠ろうとしても、そこには社会的な日常と個人の生体リズムの不整合を表す「ソーシャルジェットラグ(社会的時差ボケ)」という問題もある。
柳沢機構長によれば、「休日の前日に夜遅くまで起きていて、翌朝は昼頃まで寝ている」という生活をしていると、睡眠中央時刻が崩れてしまう。土日に夜更かしをして月曜日の朝早くに起きて仕事に行った場合、人の体は「土日にインドあたりまで行って戻ってきたのと同じ時差ボケのような状態」になってしまう。
「つまり、自分にとって必要な睡眠を知り、そのペースを日常的に守ることは、それだけ重要なのです」
2023.11.25(土)
文=河合香織