島民が舞い、謡い、観る“庶民の能”
「400年もの歴史を誇る本間家は、佐渡においての能の普及に大きな影響を与えた中心的存在。その気概を感じられるのが、舞台正面の鏡板に描かれている絵です」
そう語るのは、佐渡の宝生流の重鎮である神主弌二(こうずいちじ)さん。能楽師として能舞台に立ちながら、島内外の子どもから大人まで能楽を教えている師範でもあります。
「鏡板に松や竹があるのは普通なのですが、ここでは老松の背景に山脈のようなものが描かれています。全国的にも珍しく、最近になって、これは洋上から佐渡を見たものなのではないかと。佐渡は大佐渡と小佐渡がありまして、手前が小佐渡で奥が大佐渡かと思います」
地元の名門であった本間家の初代が、慶安4年(1951年)に奉行所より能太夫を仰せつかり、翌年には宝生宗家より能太夫の世襲を認められます。そして、佐渡に宝生座を開いたことから、庶民の間にも能楽が浸透していったといいます。
「現在、島にある能舞台は33ほど。それでもこうして残っているのは、佐渡の能が“庶民の能”であるということです。定例能でも島民がメイン。昔は各集落の神社で、それぞれの謂れがあるので、そこに合わせて自分たちの地に舞台を作って、演能で楽しもうとしたんじゃないかと思います。春のお祭りや秋のお祭りに演能され、その演能の中心が本間家の能でした。収穫前と収穫後にお祭りがあるので、そういった時期が盛んだったのでしょう」
また、多くの農村で神事として受け継がれてきたのは、畑仕事や田植えのときに謡曲を口ずさんでいたほど、島民の生活に浸透したことも大きな要素だといいます。
「とにかく自分たちも楽しむのだけど、自己満足だけでなく、まわりにも楽しんでいただくことが大切。佐渡の能は親しみやすくおおらかで敷居は高くありませんので、たくさんの人に来ていただき、“庶民の能”をぜひ体感してもらいたいですね」
佐渡の能舞台のほとんどは神社に併設され、野外にあります。そのため、多くは松明の灯りのなかでの薪能が中心。
夕闇に照らされる舞台、月光や虫の声、吹き抜ける風など、自然の演出も舞台に深みを与え、幽玄の世界へと誘ってくれます。佐渡旅は、能の世界への入門にうってつけといえるでしょう。
「能の魅力は、果てがないことかもしれません。この道60年になる私でも、終わることがないんですよ(笑)。目標があって、それを達成しても次がどんどん出てくるのですから。これがまた面白いのです」
ひぐらしや 湖(うみ)のほとりの 能舞台 たつや
―本間家能舞台しおりより―
本間家能舞台
所在地 新潟県佐渡市吾潟987
能開催日 毎年7月最終日曜
通いたくなる島、佐渡
2023.10.22(日)
文=大嶋律子(giraffe)
撮影=鈴木七絵
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