『しろがねの葉』で第168回直木賞を受賞した千早茜さん。最新作『マリエ』は、40歳を前に離婚した女性・桐原まりえが主人公の長編小説だ。
「私も、まりえと同じように何年間もかけて話し合ったうえで円満離婚しました。成立後はとてもスッキリした気持ちになったんですが、誰も『おめでとう』『おつかれさま』とは言ってくれないんですよね。直木賞を受賞したときや、結婚を報告したときには、多くの人がお祝いの言葉をくれたのに(笑)。結婚も離婚も幸せのためにする決断なのに、どうしてだろうと不思議に思いました。物語を通して、結婚って何? ということを考えたかった」
二人暮らしから解放された今のまりえは、こだわって選んだ新しい部屋で、自分の力でやっていく生活を大切にしている。フォーや桃モッツァレラ、肉餅(ロービン)など、彼女の暮らしに欠かせない食べ物の描写は、読む人の食欲を刺激する。
「食べたものを季節ごとにメモしているんです。小説のシーンに合わせて、食べたときの情景や体の反応を映像みたいに思い起こして書いています」
体の中ではじけるホットワインを「イルミネーション」と表したり、千早さんの比喩は美しい。
「小説家になったとき、編集者に『一人称で書いていくなら、他人の五感を描けるようになれ』と言われたんです。自分の視界や嗅覚だけで書くと、見ているもの、感じることがどの登場人物も同じになってしまう。まりえは等身大の女性として描いたので、彼女の感性は私に近いですね」
そんな暮らしの中で、まりえはひょんなことから結婚相談所に入会する。マリッジコンサルタント、婚活仲間、大学の先輩……。婚活を通してふれる世界は、未知のものだった。
「私にとって、恋愛と結婚は区別できないもの。でも世間にはそう思わない人も大勢いて、結婚という選択肢は、その人がもつ事情や条件によって意味を変えると感じました」
等身大の千早さんを活写した今作には、こんな変化も訪れた。
2023.09.07(木)
文=「オール讀物」編集部