ひとりめは、実母の妹であり、父と再婚して眞人の義母となるナツコ。ふたりめは、イメージの世界で母代わりとしてごはんを食べさせてくれ、船を漕いでくれるキリコ。そして実母でありながら、イメージの世界でともに旅をするヒロインでもある、ヒミだ。

 全員、眞人にとっては「母」のポジションを担ってくれる存在なのである。

 そしてここが重要な点なのだが、眞人は、彼女たちの境界を少しずつ曖昧にする。たとえばナツコを助けようとする場面で、眞人はナツコのことを「ナツコさん」と呼びながら同時に「お母さん」と呼ぶ。あるいは、ヒミのことを「実の母」であると知りながら、初恋の相手のようにも接する。

 キリコは、明確な血のつながりは示唆されていない。だが、明らかにキリコとのやりとりには、初体験のメタファーが登場する。キリコが眞人に魚のさばき方を教えるシーンでの、「もっと深く」「一気に突く」という発言。そしてキリコとさばいた魚は、ワラワラたちの栄養になる。――ここにあるのは人間同士がセックスして子供が生まれる過程そのものだ。

 彼女たちのキャラクターは、往年のジブリ映画のヒロイン像と一致する。美しく、家事ができて、そして主人公を異世界に旅させてくれる。そして彼女たちは実は母の表象だったのだ、ということを、本作で宮崎は打ち明ける。

 

父親の声を木村拓哉が演じた理由

 眞人は戦争で母を亡くしたことをずっと気に病み、そしてその喪われた母を求め、イメージの世界に入り込んでくる。

 興味深いのは、このイメージの世界に、父は入ってこないことである。眞人の父は、ずっと現実の世界に留まっている。

 そして、この眞人の父の声を俳優の木村拓哉が演じていることも印象的である。木村拓哉といえば『ハウルの動く城』で「ハウル」というヒーローを演じた俳優である。つまり、いつまでも若くかっこよく、自分と張り合う存在――それこそが眞人にとっての父なのだ。

2023.08.15(火)
文=三宅香帆