(※次のページから、『君たちはどう生きるか』の具体的な内容についての記述があります。未見の方にとってはネタバレになる情報を含んでいますので、ご注意ください)

 

『君たちはどう生きるか』冒頭シーンの表現は…

『君たちはどう生きるか』は主人公の少年・眞人が駆けるシーンから物語が始まる。燃える空を眺め、家の階段を駆け降り、空襲警報が鳴りやまぬ街を走り抜けて、外へ出てゆく――この一連のシークエンスに魅せられた観客はたくさんいるだろう。

 宮崎は、少女に仮託せずに少年の身体表現と向き合ったのだ。そしてこの表現は、82歳になった宮崎駿の物語が、眞人という少年と巡り合った瞬間そのものだった。

 それでは、眞人の身体で宮崎が描こうとしていたものとは、何だったのだろうか? 私は、「自分にとって永遠の、ヒロインは、母である」ということなのだと考えている。それは『風立ちぬ』で告白した「自分の夢は、戦争に使われていても、飛行機にある」ことと同じくらい、宮崎にとっては、大きな話だったのだ。

生命力を奪うアニメを作ってしまったのだ、という宮崎の懺悔

 本作は二つの世界によって構成されている。ひとつは現実の世界、そしてもうひとつはイメージの世界である。このイメージの世界は、「人間が産まれる前の場所」でありつつ、同時に「宮崎駿が描いてきたフィクションの世界」のことでもある。

 その証として、イメージの世界においては、これまでジブリ作品で描かれてきたモチーフが頻出する。『もののけ姫』のこだまを彷彿とさせる白い精霊のワラワラ。ラピュタの城のような建物。ポニョが住んでいそうな海。セルフオマージュにも見えるほど、イメージの世界には「ジブリ」的な存在が反復される。

 その世界では、ワラワラという「卵」を通して、新しい生命が生まれている。児童文学を読み、子どもたちは滋養をもって、大きくなる。――それはまるで文化が子どもたちを生かすのと同じように。

2023.08.15(火)
文=三宅香帆