けれども、多くの人にとっては、民族としての祖国よりも、暮らしている土地が「母国」になるものだ。そういった葛藤を鮮やかに表現しているのが、アメリカのコロンビア大学で教育を受けた三世のソロモンと、コリア系アメリカ人の恋人フィービーとの意見の対立だ。フィービーは日本人の上司に騙されたソロモンに同情して憤慨するのだが、ソロモンは、“日本人はみな悪”という思いこみを持つフィービーにかえって冷めた感情を抱くようになる。そして、「彼はたまたまいやな人間だった。たまたま日本人だった。もしかしたら、アメリカで教育を受けた結果なのかもしれない。たとえ百人の悪い日本人がいても、よい日本人が一人でもいるのなら、十把一絡げの結論は出したくない」と思うのだ。

 こういうソロモンを「出来すぎの人物」と感じる読者もいるかもしれない。けれども、アメリカに長く住んでいる日本人の多くは、アメリカやアメリカ人に対して同じような気持ちを抱いている。そして、ソーシャルメディアなどで「アメリカやアメリカ人はすべて悪」といった十把一絡げの意見を流す日本人がいると、ついアメリカを擁護したくなる。

 こういった複雑な心理をしっかりと描いているのも、『パチンコ』の優れたところだ。

 けれども、『パチンコ』がアップルTVで連続ドラマ化されるほど人気が出たのは、純粋にドラマとして面白いからだ。私は、読んでいる最中に、若い頃に観たNHK連続テレビ小説の「おしん」を思い出していたのだが、人情と家族ドラマというのは、人種や国境を越えて、誰もが理解し、愛せるものなのだろう。

 そんな素晴らしいドラマをこうして日本の読者にご紹介できるのは、光栄だと思っている。

2023.08.04(金)
文=渡辺 由佳里(エッセイスト/洋書レビューアー)