フニの若い妻ヤンジンは何度も流産を繰り返した末にようやく健康な娘ソンジャを得た。そして、働き者のフニが亡くなった後も、未亡人は娘の助けを借りて評判の良い下宿屋を営み続けた。
ソンジャは働くことに生きがいを見出す生真面目な少女だったが、十六歳のときに年上の裕福そうな男コ・ハンスに誘惑されて妊娠してしまう。その後でハンスが既婚者だと知ったソンジャは、自分の過ちを恥じ、「結婚はできないが面倒は見る」というハンスの申し出を拒否して別れる。
田舎の漁村で未婚の女が妊娠するのは醜聞だ。結核で倒れたときに母娘に看病してもらったことに恩義を感じる若い牧師イサクは、これを神が自分に与えた機会だと考えてソンジャに結婚を申し込む。若い二人は、イサクの兄ヨセプの誘いで一九三三年に大阪に移住する。
イサクとヨセプの両親は裕福な地主だったが、韓国社会は不安定になっており、実家に経済的な余裕はなくなっていた。大阪に来たものの、韓国人牧師のイサクが得られる収入はほとんどなく、二組の夫婦は工場に勤めるヨセプの収入に頼ることになった。そのヨセプにしても、雇ってもらっているだけで感謝しなければならない状況で、どんなに働いても生活は楽にならなかった。
ヨセプが借金を抱えていることを知ったソンジャは、ハンスから受け取った唯一の贈り物である高級時計を内緒で売って返済したが、戦争前夜の日本の思想弾圧で牧師のイサクが逮捕されてしまい、一家はさらに窮地に陥る。ヨセプは男としての甲斐性にこだわって妻たちが外で働くことを禁じるが、ソンジャはヨセプの妻が作ったキムチを路上で売って家計を支える。
移民一世のソンジャたちは生活難で苦労するが、その二人の息子、特に学業優秀で真面目な長男は日本で育ったコリアンとしてのアイデンティティで苦悩する……。
異国に移住した一世と二世が異なる部分で苦労するというのは、実はどの国の移民にも共通している。この小説がアメリカで多くの読者に読まれ、高く評価されたのは、この部分にあるのかもしれない。
2023.08.04(金)
文=渡辺 由佳里(エッセイスト/洋書レビューアー)