正直なところ、それにも関わらず、最初のうち私はさほど読みたいと思っていなかった。「在日コリアン一家の四世代にわたる年代記」という内容紹介を読んで、「アメリカ人読者には珍しさがあるだろうが、日本で育った私が得る新鮮さはないだろう」と思ったし、私は「パチンコ」を一度もやったことがないほど苦手なのだ。賭け事が好きではないというだけでなく、あの騒音に耐えられない。だから私は、『パチンコ』が自分の好みの本ではないだろうと勝手に「食わず嫌い」をしていたのだ。

 しかし、周囲の人から「あの本読んだ?」と尋ねられることがあまりにも多くなり、無視していられなくなってきた。なにせ、私が出会ったころには本など読まなかったアメリカ人の義母までもが「あの本、良かったわ~。もちろん、ユカリのことだから、もう読んでいるわよね」と電話してくるのだ。最終的に背中を押したのは、アメリカ人と日本人のミックスである私の娘だった。「とても良い本だから読むべきだ」というのだ。

 読んでみて、これまで「食わず嫌い」してきたのを後悔した。タイトルや内容説明から私が抱いていた期待を良い意味で裏切ってくれた、すばらしい読書体験だったからだ。

 自分の人種や育った文化背景などをすっかり忘れてしまうほど登場人物に感情移入できるし、いったん読み始めたら最後までやめられなくなるほどのめりこんでしまうページターナーだ。そして、読後も彼らのことを考え続けてしまう。

 小説は一九一〇年の釜山からスタートする。大日本帝国が大韓帝国との間で日韓併合条約を締結して朝鮮半島を統治下に置いた年だ。釜山の南にある影島の漁村に住む漁夫の夫婦は、その運命を黙って受け入れた。「盗人に祖国を譲り渡した」「無能な特権階級」と「無責任な支配者層」には、それ以前からすでに諦めの気持ちを抱いていたのだ。動揺するかわりに夫婦は身体に障害があるが利発なひとり息子フニの将来を考えた。夫婦は息子に学校で朝鮮語と日本語を学ばせ、仲人を使って見合い結婚をさせ、労働者用の下宿屋を経営させた。

2023.08.04(金)
文=渡辺 由佳里(エッセイスト/洋書レビューアー)