「私の正しさはすべての通用するとは限らない」

安堂 エッセイの後半とくに内容がストイックになっているように感じました。

川上 最初はお風呂に入りながら気楽に読んでほしいと思ってたんだけど、後半は、わりと真顔なのもあって(笑)。これも時代の中で生きているってことだと思います。変わらないことがあるのも大切だけど、やっぱり変わってきますよね。わたしたちは時代の一部でもあるから。

 連載当初の30歳のときには無邪気に使っていた言葉も、連載している最中に、色々なことに気づかせてもらって使わなくなることもありますし。時代の変化に萎縮したり、顔色をみてそうなるんじゃなくて、色んなことを知って、気づいて、自分が変わっていくんだよね。勉強していきたいです。自分はいつも間違えるんだっていうことを忘れずにいたいです。

 ただ、わたしたちのリベラルな文化や正しさが、すべてに同時に通用するかというと、難しいですよね。以前はわたしも、ある正しさは、あらゆる場面で通じないとだめだと思うからこそ、怒りもあったし、強い物言いにもなったことがあります。でも、みんな文化的背景も受けてきた教育も常識もちがうなかで、やっぱり時間がかかるんだろうと感じます。強い気持ちは必須だし、現に少しずつ変化も感じています。

安堂 小説を書くとき、その「正しさ」が通用しない、小説を書いていないときの自分と同じような人にこそ渇望される小説になってほしくて、その点でも川上未映子さんの小説から学ぶことは本当に多いです。

川上 例えばそれって、その若い男の子とかが、しんどい時に「こういう角度もあるよ」みたいなものを受け取ってほしいってこと?ドラマとかインフルエンサーの言葉じゃなくて、小説で、ということ?

安堂 そうです。でも角度を示すときに、とにかく「文学でございます」って贈呈されるものであって欲しくなくて……例えば私たちが中学生の頃はロックが流行して、今はヒップホップが流行っているみたいに、もっと個人的な嗜好品として使い倒してほしいと思っています。

川上 いいですよね。でもそれ、最近の小説にすごく感じる傾向かもしれない。社会と個人の懸念が、人間関係においても密接につながってるんじゃないかなって気がする。いまこの時代に自分たちが作品を書くことの使命感、みたいなのが共有されてる緊張感と同期間っていうのかな、すごく伝わってきます。ねえ、やっぱり安堂さんを筆頭に、ヒップホップとも文学とも見分けのつかない表現の発信者が何人も出ていらして、そういう磁場ができていくのって、素晴らしいと思うんだよなあ。今生きている人が書いたものを、今生きている人が読むっていうことも、すごく幸運なことだと思うので。安堂さんが、一作目であんなにみんなを夢中にさせたのって、本当にすごいこと。これからのご活躍を、とても楽しみにしています。

川上未映子(かわかみ・みえこ)

大阪府生まれ。2008年「乳と卵」で芥川賞、10年『ヘヴン』で芸術選奨文部科学大臣新人賞および紫式部文学賞、13年『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞、同年、詩集『水瓶』で高見順賞、16年『あこがれ』で渡辺淳一文学賞、19年『夏物語』で毎日出版文化賞を受賞。『ヘヴン』の英訳が22年「ブッカー国際賞」の最終候補に、23年には『すべて真夜中の恋人たち』が「全米批評家協会賞」最終候補にノミネート。23年2月に発売された新作長編小説『黄色い家』が大きな反響を呼んでいる。


安堂ホセ(あんどう・ほせ)

1994年、東京都生まれ、在住。28歳。「ジャクソンひとり」で第59回文藝賞を受賞しデビュー。第二作「迷彩色の男」が「文藝」2023年秋季号に掲載中。9月末単行本刊行予定。

『深く、しっかり息をして 川上未映子エッセイ集』

定価 1,760円(税込)
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2023.07.25(火)
文=CREA編集部
写真=平松市聖