『蛇にピアス』で鮮烈なデビューを飾ってから20年。金原ひとみさんの最新著書『腹を空かせた勇者ども』は、コロナの時代を生きる10代の目線で描かれた青春小説。性格も生き方も正反対ゆえに戸惑いながらも互いに影響を与えあい、成長してゆく母娘の姿を軸に、誰もが違うからこそ其々の正義がある、複雑な「今」を生きる人々の姿が四部作構成でポップに描き出される。
「自分にとって、他者と関わることは喜び以上に苦痛が大きかった」と話す彼女が、さまざまな変化を通して辿り着いた新境地。これは困難な現実を生きるすべての人に知恵と勇気を与えてくれる、希望の物語だ。
「私は、小説を書くことでかろうじて生きてきた人間」
――金原さんの小説といえば登場人物は「苦悩を抱えた大人」、というイメージがあったのですが、今回は10代の女の子が主人公ということで、すごく新鮮に読ませていただきました。
ここまで自分とかけ離れた人物を主人公にしたのは初めてなんですが、私自身、主人公の玲奈と同世代の娘がいて、「今の子ってこんな感じなんだ!」という驚きや発見があったので、それを書いておきたい気持ちがあったんです。やっぱり10代って、これまでの狭い世界から急に世界が広がる年頃で、今の子達は家庭やら友達やらの問題と同時にコロナに直面したわけです。彼女たちの視点から今の社会を描きたかった。
――主人公の玲奈が「バスケ部で友達に囲まれた陽キャ」という設定も、これまでの金原作品にはなかったですよね。
うちの娘も完璧な陽キャで、本当になんで私からこんなものが出てきたんだろう? と不思議に思うぐらい、私とは正反対なんです。桜が見頃らしいよって言ったら「マジで!?」 って二秒で友達をLINEで誘って、今日は千鳥ヶ淵に行って、来週は目黒川に誰々を誘って行こう、みたいに行動するコミュニケーションモンスター(笑)。
――それは金原さんとは真逆ですね(笑)。
私は友達を誘おうかなと考えた挙句結局誘わず花見にも行かないタイプの人間ですし、そもそも人と居ることが苦痛で、学校に行かず、小説を書くことでかろうじて生きてきた人間なので。彼女を見ていて、なぜ自分にはこういう力がなかったのか? なんでこの人たちはこれ(小説)がなくても生きていけるのか? 人として圧倒的な違いを感じたんです。
これまでの私にとって、そういう「マジで本とか読まない」みたいな(笑)、現実を生きていくことになんの衒いもない人はとても遠い存在で。線を引いて距離を取ることでなんとかやり過ごしてきたところがあったんですが、娘と間近に接して、向こうは向こうでこっちに対して何なんだろうこの人、みたいな疑問を感じていることに気がついたんです。そこで初めて対話をしたいとか、お互いのスタンスを共有したいという気持ちが芽生えたんです。
――それが今回の母娘の物語に繋がったんですね。玲奈の母親のユリさんは「自分とは違う人たちがたくさんいる 皆同じ考え方だったらいいのに!」と愚痴る娘に「そうしたら恋愛も友情も無くなって、自己愛と自己嫌悪しか無くなるね」と返す、シニカルで強烈なキャラクターですが、ユリさんには金原さん自身が投影されていますか?
遠くはないけれど、私自身はユリさんほどキレッキレなことは言えませんね(笑)。ユリさんのキャラクターに関しては玲奈との対比を強調したかったのと、ちょうどこれを書き始めたのがコロナが流行りだした時期で、感染した人が批判されるということが起こっていたので、「感染してごめんなさい」というスタンスにはならない、太々しいやつを描きたい! という思いもありました。
2023.06.27(火)
文=井口啓子
写真=佐藤 亘