「大丈夫だよ。黙って腕組んでるだけで怖いんだから」
「こうな」
ユウキは不機嫌な顔で腕を組む。
「そうそう、それで十分だよ。筋肉すごいな」
「慰めてるわけ?」
笑いながら、マモルは植え込みの向こうをすがめ見て席を立った。
「そろそろ新入生の第一陣が上がってくるぞ。さ、動こうぜ。ナオキも立って。お前玄関の担当だろ」
ナオキはノートPCを畳んで立ち上がる。
「あー、面倒くさいな。掃除かあ」
「疑を言うな(文句を言うな)」
鋭い鹿児島弁でナオキに言ったのは、泊宏一だった。
「俺がどげんトイレ掃除気張ろうが、お前が手ぇ抜かしたら、どげん意味があっとよ。マモル、お前は?」
「俺は食堂」
「そうだった」と宏一。「マモルは怖くねえからな、適材適所やらあ。ユウキは?」
ユウキは背もたれにかけていたタオルで口元を覆った。これから寮生たちは、息子と離れる保護者たちに集団生活で得られる良い面を見せつけるのだ。
自室の片付けすら親に任せていた子供の親は、きびきびと動き回る二年生と、敬語を使う三年生の姿に感銘を受けるだろう。マモルの母もそうだった。昨年の同じ日、説教のあとで「寮をやめたい」と訴えたマモルに対し、母親は「立派な先輩たちじゃないの。もう少し頑張ってみたら?」と諭したのだ。
いそいそと掃除に向かおうとするマモルたちを梓が笑った。
「ほんとわざとらしい。おかあさーん、寮生に騙されてますよー、って教えてあげようか」
「お願い、やめて」
「やらないよ。でも来年はもっとマシな方法考えなよ――わ!」
腰に手を当ててマモルを見下ろしていた梓が、タブレットを凝視していた。
「どうかした?」
「見てみて。この子かっこいい!」
マモルがタブレットを覗き込むと、一人の少年が校門を通り過ぎるところだった。
黒いキャップを被ったその少年は裾を引きずりそうなカーゴパンツを穿いて、くたびれたダッフルバッグを担ぎ、リラックスした歩調で坂を登ってくる。バッグの横にはグラフィティ風の書体で「PUNK」と書かれていた。スケートボードか、壁に落書きをするための缶スプレーが入っているような感じだ。
2023.07.20(木)