西 男性社会で生きていこうとすると、彼らの意見を内面化した方が生きやすいですもんね。

桐野 彼女の発言に、男友だちの方がちょっと引いていました。世の中、少し変わってきてるんだなとも思いましたね。

思うまま幸せに過ごす「もっと悪い妻」

西 私も恥ずかしながら、恋人の友だちから「お前、ええ子と付き合ったな」って言われたい気持ち、めっちゃありました。今考えたらもちろん「どこ向いてんねん、関係あれへんやん」って思うけれど。パートナーの友だちに愛されないといけないっていう考え方も独特で、千夏はそれができないんですよね。

桐野 夫の男友だちが家にわーっと来た時、嫌な顔をしないで、ご飯を作って振舞ってあげるのが「いい妻」なんですよね。メディアもそう喧伝しているから、女の人たちが「いい妻」像を内面化してしまう。

西 この作品のすごいところは、一編目の千夏より不満を溜めた悪い妻が最後に出てくると思いきや、ただ思うまま幸せに過ごすだけの麻耶がラストの主人公になる。その題名が「もっと悪い妻」という!

桐野 そうですね。タイトルの「もっと悪い妻」は、逆説的な意味を込めました。

 

ドブ川に浮いているものまで見せる作品

西 6つの短編の共通項を無理にあげるのは憚られますけど、登場人物それぞれが「こんなはずじゃなかった」「あんな風にできたかも」と鬱屈しながら生きる中で、麻耶だけが「満足! 私、最高!」と思って生きている。ものすごく光ります。

 ダンティール・W・モニーズというアメリカの作家の短編「骨の暦」で、主人公が娘に向けて言うセリフがあって。「自分らしく生きることを学ぶか、別の誰かとして死ぬか。単純なことだよ」と。もう本当にその通りですよね。麻耶は、自分の人生を生きているだけ。ただ、「幸せそう」だという理由で女性が刺される国では、麻耶は断罪されるんでしょうね。

桐野 フェミサイドですね。西さんにそういう風に作品を読み解いてもらえて嬉しいです。(西さんの手にある何枚もの紙を指して)こんなにたくさん、細かくメモまでとってくださって。

2023.07.02(日)
文=小泉なつみ