(西加奈子『くもをさがす』より)

西 自分の気持ちを整理したくて、日記を書きためていました。あと、桐野さんもわかっていただけると思うんですけど、作家として「これは書かねば」という感覚もあって。

 ただ、発表してから「勇気あるね」とか、両方の乳房と乳首の切除について、「よくぞ決断した」という声をたくさんいただいて、逆にびっくりしました。知人から「ご主人は何て言ってるの?」と言われたときは、別の意味でびっくりしましたが……。

桐野 自分の身体のことなのに夫の意見を聞かないといけないと思うのは、どうしてなんでしょう。

 

私の身体は私のもの

西 夫が睾丸を取ることがあったら、「妻は睾丸切除についてなんて言っていましたか?」って聞いてくれるのかな、と思いました。

 私は授乳もしていましたけど、それだってある一定期間子どもに栄養を与えているだけであって、私の身体は私のものであることは変わらないはず。なのに、「母」たるもの、「妻」たるもの、身体を誰かに明け渡すべき、みたいな雰囲気がまだあんねんなって。「♪お父ちゃんのもんとちがうのんやで~」って、月亭可朝の「嘆きのボイン」かよ! って(笑)(作詞・作曲:月亭可朝)。

――桐野さんの新刊の表題作でもある「もっと悪い妻」は、30代後半の子持ち女性・麻耶が、夫公認の不倫を楽しみ、充実した生活を送っている様子が描かれています。 一方、本誌パイロット版で書き下ろしていただいた「悪い妻」では、育児に非協力的なバンドマンの夫や、自分を悪妻扱いする夫のバンド仲間に怒りを募らせ、子どもにつらく当たる不幸な妻・千夏(ちか)の姿が対照的に描かれています。

西 「悪い妻」の千夏は夫から愛されてもないし、彼女もバンドをやっていたのに家事育児に追われて音楽活動もできず、不満から子どもを虐待しかけている。かたや、オープンマリッジの関係を築きながら家庭円満な麻耶は非常に満たされている。だけど、一般的に嫌われるのは幸せそうな麻耶ですよね。

2023.07.02(日)
文=小泉なつみ