才能を邪魔する妻を「悪妻」に仕立て上げる男たち
桐野 「悪い妻」を書いた時は、作家・開高健の妻で詩人の牧羊子さんが、“悪妻”とされていることが気になっていました。彼女は開高健より7歳年上で、子どもができたことで無理やり結婚を迫った悪妻だ、と周囲の評論家の男たちが言い募りました。家事をやらない、自己主張が強いと言って、才能ある男を苦しめている、悪妻だと非難したんです。嫉妬に近い感情だと思います。
西 「僕たちの健を! あの女が取った!」って(笑)。
桐野 そうそう。男たちは、俺たちが見つけた開高健という才能を邪魔する存在として、牧羊子を「悪妻」に仕立て上げたんだと思います。一人娘さんがとても気の毒です。夏目漱石の弟子たちも、漱石の妻・鏡子を「悪妻」と書き残しています。
西 作家のマギー・オファーレルが『ハムネット』という作品で、悪妻だと言われていたシェイクスピアの妻を新たな視点で魅力的に描いてました。もしかすると、世界中に「悪妻」って言いたい人たちがいるのかもしれませんね。
男性の意見を内面化した社会
桐野 「悪妻」って言い合うことで、男同士の連帯を強めているところもありそうです。ホモソーシャルですね。
西 でも私自身、男性向けにデザインされた社会で男性の意見を内面化しているところもあります。「野村監督の妻のサッチーどうなん」って言っちゃうみたいな……。
桐野 見かけの派手さも相まって言われてしまうのでしょう。
西 ただ冷静に考えると「それ言って誰が喜ぶんやろう?」と思います。サッチーと実際に会っていたら、魅力的で面白い方ではなかったかと想像するんです。
桐野 以前、家族で食事していたら、隣の席に若いご夫婦と夫の男友だち2人の4人グループがいたんです。その男友だちがご夫婦に「子どもを持つなら男と女どっちがいい?」と質問したら、妻が「女の子は女々しくて嫌。はっきりしている男の子がいい」と答えていました。それを聞いて、「あなた、男たちに媚びなくていいよ」と言いたくなりました(笑)。
2023.07.02(日)
文=小泉なつみ