もちろん、それまでそうした警察小説が、なかったわけではない。ただ、主人公の悪徳刑事には、そうなった理由(金銭欲や出世欲、あるいは女関係など)が背景にある、という設定がほとんどだった。それをそのまま踏襲したのでは、どれだけ設定を変えたところで、後追いになってしまう。

 そこで、そうしたしがらみにいっさい縛られぬ、なぜそんな悪いやつになったのか、だれにも(書いている当人にも!)分からないような、徹底した悪徳刑事〈禿富鷹秋〉が生まれた、というわけだ。その、徹底した悪のキャラクターを貫くためにも、禿富の内面描写はいっさいしない、というスタイルをとる。つまり、物語の視点は常に別の登場人物、それも複数の登場人物にゆだねられ、その人びとの目に映る禿富の行動、表情、発言を克明に記録する、という手法だ。以上のような構想で、シリーズ第一作『禿鷹の夜』の連載を、スタートした。構想どおり、主人公にさんざん悪いことをさせておいて、最後にはみじめにくたばるという、そんな結末にする予定だった。

 ところが、連載が中盤に差しかかったころ、オール讀物の編集長から思わぬ注文を受けた。間違っても、最後に禿鷹を殺す結末にはしないでほしい、というのだ。どうやら、編集部や読者から禿鷹のキャラがいい、という意見が出てきたらしい。そのため、ラストで死ぬという設定はないものにして、シリーズ化を目指してもらいたい、という。

 とても、読者の共感を呼びそうにないキャラなのに、どういうことかと驚きもし、とまどいもした。とはいえ、そうした「作者を励まそう!」的な反響に接すると、書き手としてはこれ一作で終わりにするのも、さすがに惜しい気がしてくる。とにもかくにも、とまどってばかりはいられない。何か工夫はないものか。

 当初から、禿鷹を死なせる結末を考えていたので、まずはそれをないものにしなければならない。そこで苦肉の策、ありきたりとはいえ防刃ベストを用意して、刺されながらも死なずにすむという、少々安易な結末に変えざるをえなかった。よしあしはともかく、作者の計算違いからそうした方向に、急転回を余儀なくされたわけだ。

2023.06.02(金)