『兇弾 禿鷹V』(逢坂 剛)
『兇弾 禿鷹V』(逢坂 剛)

 禿鷹のシリーズを書き始めたのは、一九九〇年代の末期に近いころ、つまり四半世紀も前のことだ。

 それよりもさらに前、一九九〇年代の前半あたりから大沢在昌、今野敏、髙村薫、横山秀夫などの諸氏が、新しい警察小説を次つぎに発表し始めた。それがやがてブームとなって、警察小説というジャンルが形成されたことは、読者もよくご存じだろうと思う。

 ちなみに、この場で警察小説と称するものは、警察官を探偵役に犯人探しを主とする、従来型の本格ミステリーのことではない。捜査活動よりも、むしろ警察内部の矛盾や腐敗、確執、あるいは警察官個人の生き方に力点を置く、ハードボイルド・タイプの小説、と考えていただきたい。したがって、昨二〇二二年に亡くなった、西村京太郎氏の十津川警部シリーズに代表される、いわゆる捜査小説はひとまず別格として、ここでは取り上げないことにする。

 本稿で論じる、ハードボイルド警察小説の源流は、結城昌治氏の『夜の終る時』(一九六三年)、あるいは『裏切りの明日』(一九六五年)あたりに、求められるだろう。今思えば、わたしが書いた最初の警察小説、『裏切りの日日』(一九八一年)はそのタイトルからして、たとえ無意識無自覚だったにせよ、結城氏の諸作品に触発されたことは、確かだといえる。もっとも、自分としては当時愛読していた、アメリカのハードボイルド作家、ウィリアム・P・マッギヴァンの警察小説、『殺人のためのバッジ』『悪徳警官』『最悪のとき』等の作品世界を、日本を舞台にして再現したい、という気持ちの方が強かった。

 正直なところ、わたしはこの『裏切りの日日』で、従来どの作家も書いた形跡のない、公安警察の刑事を主人公にしたことに、それなりの自負があった。加えて、本格ミステリーも好きだったことから、本作の核をなす人間消失のトリックにも、自信を持っていた。つまりこの作品には、ハードボイルド小説と本格ミステリーを、同時に実現しようという大胆不敵な(?!)野心が、込められていたのだ。

2023.06.02(金)