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自分がやりたくないことをやっているのは時間の無駄遣い

野本 そうなんです。でも、「インターネットで知り合ったマレーシア人と会う」と言うと、「大丈夫なの? 騙されたりするんじゃないの?」と、みんなが全力で止めるような時代でした。1995~96年くらいはインターネットをやってるっていうだけで怪しいと思われた時代でしたから。

伊藤 1990年代半ばくらいから、急速にインターネットが普及しましたよね。

野本 インターネットを通じて、最初はシンガポール人、それからマレーシア人と知り合いました。会ってみたら「普通の人じゃん」って(笑)。日本とは全く違う価値観の世界があることを知ったんです。

伊藤 そこで気持ちが楽になったんですね。

野本 すごく気楽になりました。

野本 伊藤さんは会社に入ってから、何か違和感を感じたりということはなかったですか?

伊藤 文藝春秋に入社して2年くらいは業務部門にいました。編集の仕事をやりたくて会社に入ったのに、またまたやる気をなくして。それで休暇を取ってオーストラリアに遊びに行っちゃったんです(笑)。

野本 すごいですね。

伊藤 オージーの家にホームステイしたんです。初めて行ったオーストラリアで。ホストファミリーがとてもフレンドリーで、息子さんの結婚式に出させてもらったり、毎晩ホームパーティーみたいで。オーストラリアっていいなって思って、「ワーキングホリデーのビザをとって、25歳までにここに来よう」と決心したんです。会社を辞めるって決めた途端、なんだか元気になっちゃったんです(笑)。

野本 選択肢があるって思ったら楽になるんですよね。

伊藤 そうなんです。会社を辞めようと決めてしばらくして、編集部門に異動になりました。仕事が面白くなって働いているうちに25歳を過ぎてしまったんです。以来、部署はいろいろ変わっていますが、なんとか会社を辞めずにきています(笑)。

野本 今はやりたいことが出来ているんですね。私がいちばん影響を受けた本は、千葉敦子さんの『ニューヨークの24時間』なのですが、「自分がやりたくないことをやっているのは時間の無駄遣い」というところにものすごく共感しました。

伊藤 それでニューヨークに行ったんですか?

野本 行かないですよ(笑)。ニューヨークには行かなかったんですが、会社を辞めて編集者になろうと思ったんです。

伊藤 仕事でも子育てでも、やりたくないことを強制することが日本の社会には多いですよね。

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野本響子(のもと・きょうこ)

文筆家・編集者。95年アスキー入社。雑誌「MacPower」「ASAhIパソコン」「アサヒカメラ」編集者として主にIT業界を取材。1990年代よりマレーシア人家族と交流し、10年以上滞在。現地PR企業・ローカルメディアの編集長など経てフリー。著書に「子どもが教育を選ぶ時代へ」「日本人には『やめる練習』が足りてない」(集英社)「いいね!フェイスブック」(朝日新聞出版)ほか。早稲田大学法学部卒業。

伊藤淳子(いとう・じゅんこ)

1991年、文藝春秋入社。週刊文春編集部、別冊文藝春秋編集部、第二文藝部、文春文庫編集部など雑誌・書籍の編集部を経て、ノンフィクション出版部。

東南アジア式「まあいっか」で楽に生きる本

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2023.05.23(火)
文=文藝春秋