朝ドラファンのツボを押させていた

 筆者もそれ以前から朝ドラを結構見ていたほうだが、たしかに『あまちゃん』は朝ドラファンがどうしたら喜ぶか、ツボをしっかり押さえていた。たとえば、朝ドラには、登場人物たちが集う馴染みの店や、ヒロインとは対照的な人生を歩む親友など、おなじみの設定がいくつかあるが、『あまちゃん』ではそれらをうまく取り込んで、物語を盛り上げていた。

 前者には、北三陸駅で夏が営む喫茶・軽食「リアス」(夜はスナック「梨明日」になる)などが相当する。後者についても、先述のとおりアキの親友としてユイが登場し、東京に出て脚光を浴びるアキとは対照的に、一時は荒んだ生活を送ることになったりと、ヒロインの陰画ともいうべき役どころも担った。

 

 宮藤官九郎が朝ドラという枠を多分に意識して『あまちゃん』に取り組んでいたことは、《宮藤さんは、世間では尖った印象があるかもしれませんが、実際には、ドラマの“枠”をとても尊重する方》という、本作を企画したNHK制作局チーフ・プロデューサーの訓覇圭(くるべ・けい)の証言からも裏づけられる(『週刊ダイヤモンド』2013年8月24日号)。

『あまちゃん』を手がけるにあたり、宮藤はおそらく過去の朝ドラも研究したのではないか。とりわけ『ちりとてちん』(2007年度後期)からの影響は濃いように感じた。ヒロインが大阪で落語家となるこのドラマでは、終盤、ヒロインたちが亡き師匠の家を寄席に改築し、上方落語界において長年の夢であった定席を実現するにいたる。『あまちゃん』でも、海女の集う地元の漁協の建物が、アキの発案で海女カフェにリフォームされる。その後、東日本大震災で甚大な被害を受けた海女カフェだが、地元の人たちの心のよりどころとして再建され、そのステージに鈴鹿ひろ美が立つ場面が終盤の山場となっていた。このほか、ヒロインと郷里の親友の関係など、2つの作品には似通ったところが少なくない。

2023.04.21(金)
文=近藤正高