私が演じた近衛連隊長のオスカルが、一度だけ女になって花道から現れる場面がありました。白いドレスを装い舞台に向かうのですが、途中で立ち止まり、“七三”といって首を回して3割方客席を見る瞬間があるんです。その時に毎回必ず、劇場中がゴーッと地響きみたいな音と波動に包まれた。ワーッとか、ザザーッじゃなくて、ゴーッ。ため息も数千人が一斉だとこうなるんだと、初めての経験で、こちらも全身の細胞が粟立った感覚は半世紀たった今もはっきり覚えています。
『ベルばら』以前の数年間は、テレビなど娯楽の多様化で宝塚も空席が目立ち始めていました。座席の背に白いカバーを被せてあるでしょ。あれを“看護婦さん”と私たちは呼んでいて。舞台の袖から客席を眺めて、『いやー、今日は看護婦さんの団体やわ』なんて話すこともあったくらい。それが、『ベルばら』で一気に宝塚の観客動員記録を書き替えた。大阪、東京ほか全国津々浦々を巡業しましたが、ちょっと恐怖でした。
というのも、熱狂の度合いが尋常じゃなかったんです。お客様は、たいてい若い女の子。女のパワーは男よりすごいですよ。楽屋口がいわゆる“出待ち”のファンで溢れ返りまして。今は、ファンの方々は整然と並んでいらっしゃいますが、昔はグチャグチャでしたから。
ある時、知り合いのゲイの男性が4人来てくれて、『今夜は私たちがいるから大丈夫よ!』。それで彼女たちに囲まれて出ていったら、あっという間に4人とも弾き飛ばされていなくなっちゃった。待ち合わせ場所の帝国ホテルには私のほうが先に着いて、後からヨレヨレになってやって来た4人が、『女は怖いわ〜』って。
地方巡業では、主催者が松葉杖をついてらしたことがありました。『どうしたんですか?』と訊いたら、出待ちの群衆に巻き込まれて『骨折しちゃいました』。女は怖い(笑)」
——熱狂の『ベルばら』から3年後、『風と共に去りぬ』のスカーレット役を最後に、13年間在籍された宝塚を華やかに退団されました。
2023.02.15(水)
文=安奈 淳