さあ、これで首が縦横無尽に飛び回る話が書けるぞ――いや、待て。自由に飛び回るための推進力はどうなっているのだろう。それを得るために首からガスを放出してしまうと、生命維持に必要な薬剤も抜けて、即座に死んでしまうのではないか。これは駄目だ。どう考えても風船の理屈で浮揚するこの首が、ハヤブサの如く飛び回るのは無理だ。せいぜいふわりと浮く程度、風に流されて移動するだけではないか。ガスの偏り具合で回転ぐらいは出来るかもしれないが――仕方ない。ふわふわと頼りなく飛ぶ首でいい。何らかの制約を設けたほうが、むしろリアリティがあっていいだろう。
二次通過を目指して書いたこの物語は、第99回オール讀物新人賞をいただいて、なんと単行本にまでなってしまった。今でも夢のように思えてならない。
夢と言えば、物語中のある登場人物が「分かち合う者のない思い出は、夢まぼろしと変わりませぬ」と語る言葉がある。読んで字の如しだが、この逆も言えるのである。たとえ夢まぼろしであっても、その夢想を分かち合う者を得れば、幻も真実となり得る。私の中だけにあった妄想が文章を通じて読み手に伝わり、その人の中で息づいた時に物語は独り立ちする。小説に限らず絵画であれ音楽であれ、創作とは心を形にして他者と思いを共有することである。物語が本として残るだけでなく、お茶目な首が読者の中で飛び続けてくれたら、それだけで私は嬉しい。この言葉には、そんな思いが籠もっている。
生涯に一冊でいいから、本を出したいと願い続けてきた。それが還暦を過ぎてから、ようやく叶ってくれた。遅咲きどころか狂い咲きかもしれないが、物を創る人間はそのくらい奇妙なほうがいいと我が身を慰める。ここまで来られたのも、多くの支えを得たおかげであると思う。それなのに不義理を重ねていることに心が痛む。新人賞選考委員の諸先生方にもお目にかかる機会に恵まれず、きちんと御挨拶していない。この場を借りて、改めて御礼申し上げます。幼少時からひどい空想癖があって変わり者と言われた私に、その性癖を活かす場を与えてくださいました。有難くてひれ伏すばかりです。本当に有り難うございました。
2022.12.27(火)
文=由原 かのん