この記事の連載
- 山野辺喜子インタビュー 前篇
- 山野辺喜子インタビュー 後篇
植物療法のセラピスト・山野辺喜子さんによるブランド「fragrance yes」は、セルフケアのためのプロダクト。
ただ癒される香りを作るのではなく、身体と心のバランスを整えるメディカルハーブとして使えるよう、植物由来のフレグランスオイルやスプレーを開発している。
自らの足で山に入り、見つけた草木で蒸留を行うこともあるという山野辺さんに、ハーブの魅力と心地よくなる暮らしのヒントを聞いた。
森林からいただく植物の力
「fragrance yes」のアトリエに着くと、テーブルにはかわいい山栗とどんぐりが乗っていた。
――どちらかに行かれていたんですか?
群馬県の立岩という山に登ってきたんです。山というより岩壁で、往復5時間くらいだったでしょうか。山栗は小さいけど甘いって聞いて、拾ってきました。
――普段から山に行かれるんですね。フレグランスの素材探しもしているのでしょうか。
積極的に素材を探しに、というわけではないのですが、山に行くといろんな発見があるので、あちこちめぐっています。最近では他に、奈良県の天川村に行ってきました。
――どんな出会いがありましたか?
漢方では胃腸薬として古くから使われている、キハダという木と縁の深い場所なんです。まだ精油が抽出できるか試したことはないのですが、現地の方がキハダを次世代に残す活動なさっていて、お話を伺ってきました。自然の恵みをいただくという仕事柄、環境問題や森林保全にも関心を持っています。天川村では、皆伐といってすべての樹木をいったん伐採し、そこに新たに植林していく方法で森を育てる活動がスタートしています。
――ニュースを見ていても、動物との共存問題や土砂崩れなど、暮らしと森は案外近い存在ですよね。
今、日本には放置されている森林がたくさんあります。木々が生い茂っているのは一見よさそうだけど、自然災害にもつながりますし、木が密集してしまうと山から流れる水も循環しません。とはいえ間伐するにもお金がかかり、結局放置したままになってしまう……。
そんなことも、フレグランスを通して伝えていきたいと思っているので、積極的に森に出かけたいと思っています。
日本に伝わる植物療法を見直す
――これまでにも福島県の柚子を使ったり、長野県のクロモジで蒸留したりなさっていましたが、もともと日本の自然素材から「fragrance yes」は始まったのでしょうか?
そんなことないんです。はじめは、メディカルハーブが生活に根づいているヨーロッパに出かけていくことが多かったです。向こうでは、病院にかかる前にハーバリストに相談するという選択があったり、お腹が痛いといえばカモミールティーを飲んだり、風邪をひきそうなときはユーカリを使ったり、ちゃんとそれが薬のような役割を担っています。そういう考え方が素敵だなと常々思っていたので、日本よりもヨーロッパに出かけて行って、香水のメッカである南仏のグラースに原料を見に行ったり、向こうの森を歩いたりしていました。
――それが、あるとき日本に?
わたしがヨーロッパに注目していることを、向こうの人は不思議に思ったようで、あるとき「日本にはそういう素材がないの?」って聞かれたんです。たしかに日本にも、あせもには桃の葉がいいよとか、ドクダミを煎じて飲むなどの植物療法が昔からありますよね。日本のことをきちんと見てみようかなと思い立って、日本の素材について考えるようになりました。日本にも、紫蘇や山椒などのハーブがありますし、柑橘の種類も豊富で、いい素材はたくさんあるんですよね。
――柚子だったりクロモジだったり、精油になり得るものがあるんですね。
柚子は、わたしが福島出身なので、復興支援の一環として依頼を受けて行っていたんです。現地の婦人会の方々に、柚子の皮からワタを取る作業をしていただき、皮を蒸留してバームやアロマスプレーを作るお手伝いをしていました。その活動はみんなで集まって何かする場所を作ることそのものが、復興支援になっていたように思います。でも、なにせ膨大な量の素材から、ほんの僅かな精油しかとれないので、製品化するとなると課題は山積みです。
2022.12.01(木)
文=吉川愛歩
撮影=釜谷洋史