笑顔の写真を撮ろうとして、被写体に「笑って」と声をかけたからといって、“自然な笑顔”を引き出すことは難しい。プロのカメラマンや写真家はいったいどのようにして、被写体とコミュニケーションをとり、“自然な笑顔”を写真に収めているのだろうか。

 ここでは、写真家・作家の小林紀晴氏の著書『写真はわからない 撮る・読む・伝える――「体験的」写真論』(光文社新書)より一部を抜粋。長年写真家として活動する小林氏が編み出した、被写体とのコミュニケーションにおける意外なテクニックについて紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)

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「セブン‐イレブンのコーヒー作戦」

 どんなふうにして笑顔を引き出せばいいのか。笑顔になる感情の動きや理由をつくればいい。私が考えるのは少しばかり抽象的だが、かなり有効だと考えている。撮影者が恥ずかしい存在になることだ。それが相手を笑顔にさせる第一歩になる。

 さきほどと同じく撮影される側から考えてみてほしい。写真を撮られるのが好きな人ももちろんいるが、恥ずかしさが邪魔することがあるだろう。特に一対一の撮影だと照れも含めたそれが先に立つ場合が多い。

 そこには、撮られる側の自意識が大きく関係している。その意識がやっかいだ。少しでもきれいに撮られたい、格好よく見えているかな、お化粧は大丈夫かな、風が吹いて髪が乱れたから鏡を見たいな……といった感情が複雑に絡んでくる。カメラを通して、自分の顔や姿を凝視されることへの抵抗感もあるだろう。いってみれば自意識の肥大化はしごく当然の反応といえる。とにかく、写真を撮られることは恥ずかしい。

 だったら、写真を撮る側がその恥ずかしさを消せばいい。完全に消すことができないとしても、軽減することはできるだろう。そのためには撮られる側より撮る側が恥ずかしい存在になる、というのが私の方法だ。撮られる側の恥ずかしさを、撮る側の恥ずかしさによって消すのだ。私はこれを「セブン‐イレブンのコーヒー作戦」と呼んでいる。

2022.06.12(日)
文=小林紀晴