オードリー・ヘプバーン演じるヨーロッパ某国のアン王女と、イタリアの新聞記者とのひとときのロマンスを描いた『ローマの休日』。「金曜ロードショー」での放映に合わせて、評論家・翻訳家の芝山幹郎さんの著書、『スターは楽し』より、オードリー・ヘプバーンの項を紹介する。

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運命的な『ローマの休日』のスクリーンテスト

「監督がカットといっても、キャメラを止めるんじゃないぞ」

 オードリー・へプバーンが『ローマの休日』(1953)のスクリーンテストを受けたとき、キャメラマンはそう言い含められていた。彼は指示に従った。なにも知らぬへプバーンは、カットの声を聞いてのびのびと振る舞った。新鮮で闊達で、風に舞うような軽やかさだった。プロデューサーは仰天した。監督は微笑した。アン王女の役はこれで決まった。へプバーンの未来もこれで決まった。

 何十年も前の黒白映画だというのに、『ローマの休日』の魅力は色あせない。いや、黒白画面だからこそ、猥雑な現実の細部が塗りつぶされ、おとぎ話の側面が際立ったのかもしれない。しかも「巨匠」ウィリアム・ワイラーが、日ごろの重厚さを投げ捨て、なんとも心躍るロマンティック・コメディを撮っている。そうか、ドルトン・トランボが変名で書いた脚本をベン・ヘクトとプレストン・スタージェスが監修したのか。その事情を知れば、なるほどあのリズムはたしかに……と思い当たるふしもあるのだが、魅力の源泉はやはりへプバーンだ。

 映画が公開されたとき、へプバーンは24歳だった。『ジジ』の舞台で高い評価は受けていたものの、映画女優としてはほぼ新人にひとしい。大抜擢だ。

 

 そんな彼女が、戦後間もないローマの街で弾んだ。髪を切り、市場を歩き、カフェに腰掛け、ヴェスパに乗って街を駆け抜け、船上パーティで大立ち回りを演じ……棒立ちに近い「受け芝居」に徹したグレゴリー・ペックの好感度も高いが、へプバーンはどの場面でもきらきらと輝いている。いつも地面から10センチほど浮き(1メートルも浮かないところが魔法だ)、なおかつけっして悪はしゃぎしないのは、この人の美点だろう。そう、あの浮世離れした外見の裏には腰の据わった堅実さが宿っている。つまり彼女は、ただの妖精ではない。

2022.05.20(金)
文=芝山幹郎