それがちょうど番組編成の時期で、『ポンキッキーズ』のオーディションがあると社長が聞きつけたので、2人で向かいました。
当時まだ河田町にあったフジテレビで、局の中に入っていたレストランでしばらく待っていたら、ハンティング・ワールドのセカンドバッグを小脇に抱えたメガネのおじさんがやってきて、社長はその方に私の歌のデモテープを渡したり、いろいろ話したりしていました。
私はハンティング・ワールドのおじさんはオーディション会場へ案内してくれるスタッフだと思っていたんですが、社長との話も終わらないし、もう少し時間がかかりそうだったので「ちょっとメロンパフェ頼んでもいいですか?」と聞いて。
「え! お前メロンパフェ食べるのかよ!」と社長には笑いながらツッコまれましたが、おじさんはいいよと言うので、メロンパフェを食べながら案内されるまで3人で談笑してたら、なんとそれがオーディションだったという。
――おじさんは偉い方だった。
蘭々 はい。そんな私でしたけど、後年になって選ばれた理由として言われたのは「歌が良かった」って。
「不思議ちゃん」という取り上げ方もされていたが…
――ショートカットも相当にインパクトがありました。短くしたのは、蘭々さん自身の意思で?
蘭々 そうですね。最初のモデル事務所にいた頃は髪の毛を切ってはいけなかったので、それならばと、なぜか「森の妖精」というのを自分のテーマにして(笑)。前髪ぱっつんのロングヘア、頭には大きなリボンをつけたり、冬の時期には女子サンタ的なワンピースを着て街をウロウロしたり。
でも、あの頃一番気に入っていたのは、ツインテールに、カラフルなビジューボタンが付いた黄緑色の膝丈ワンピース、それに赤いエナメルの靴を合わせるスタイルでした。
移籍した後のテーマは「アメリカの少年」となったので、バッサリと切りました。社長は蘭々の好きにやれよって感じだったんですけど、切った後に社長に会ったらあまりのキャラ変にびっくりして、周囲の人に「蘭々がモンチッチになっちゃった」と言っていたみたいです(笑)。
2022.05.18(水)
文=平田裕介